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大川隆法著「真実を貫く」ポイント解説⑥

この記事に目を通して下さり、本当にありがとうございます!

私の記事では、大川隆法先生累計3500回の法話3100冊以上の著書から、おすすめポイントを紹介しています。

本日は新刊、大川隆法先生の最新刊「真実を貫く」のポイント解説に挑戦する回になります。

少しずつ進めていく予定ですが、皆様どうか温かくお見守りください。



「真実を貫く」

「真実を貫く」は、2024年2月16日に発刊された大川隆法先生の最新刊です。

「この一冊が、世界の羅針盤となる――」

迫りくる世界情勢。核戦争など、地球レベルの危機を乗り越えるための、人類の進むべき未来を指し示す一書。

2050年までの未来をどう構想すべきかも語られます。

第6回目の今回は、第3章「地球の危機を乗り越えるためにー『地獄の法』講義ー」より、第1節「『死んだら終わり』と思っていると、死後の行き場がなくなる」のポイントをご紹介させていただきます。



「正しいことは正しい」「あるものはある」から出した『地獄の法』

『地獄の法』を、まさか新年から講義することになるとは、私も思ってはいなかったのですけれども、「できるだけでも、ありがたいことかな」と思っております。
去年(2022年)の12月、国会では、「『地獄に堕ちるぞ』とか言って宗教が脅したら、そのお金は返金してもらえる」とか言うことを議論しておりました。
そんなときに堂々と(『地獄の法』を)出すというのが、幸福の科学の、開き直ったといいますか、まったく無視しているというか、そういう強さであるのですけれども、「地獄の法」と、その講義に加え、さらに、ついでにもう一丁、『小説 地獄和尚』(幸福の科学出版刊)というものを出してやろうか」と言って、年末年始を厭わず小説を書きましたので、さらに過激なものが出ます(その後、2023年1月19日に発刊)。

大川隆法著『地獄の法』は、かつてないほど地獄の詳細を描いており、一部の現代人が震えあがるような内容となっています。

私のnoteでもポイント解説をまとめていますので、「転ばぬ先の杖」として、ぜひご一読くださいね!


また、『小説 地獄和尚』はこちら。地獄和尚が、地獄行きの現代人たちをぶった切る、爽快なストーリーです。(自分が裁かれると思ったら、気が気でないかもですが……)



「今、地獄に堕ちている人は増えているのは事実」

街角で訊いたら、どうでしょう?
「地獄ってあると思いますか」とか、あるいは「あなたが地獄に堕ちる可能性はあると思いますか」というようなことを質問で訊いたら、「思います」という人は20パーセントいるでしょうか。
どうでしょうか。
いないかもしれないような感じがするのです。

この世の多数決的な「常識」の結果は、こんなものかと思います。
これが50パーセントを超えるということは、今、ちょっと考えられないのです。
しかし、事実は逆でして、「今、地獄に堕ちる人がどんどん増えている」という状況です。
だから、「国会が何を言おうとも、ニュースが何を言おうとも、新聞が何を言おうとも、言うべきことは言う」というのが、これが幸福の科学です。
私がたとえ世間の99パーセントから「狂っている」と言われても、私は「正しい」と思うことは言い続けます。

たとえ誰が何と言おうと、「地獄」はある!というのが結論である!というのが、言葉の端々から伝わってきますね。

国が何と言おうと、世間が何と言おうと、天国・地獄は絶対的にある。

この主張だけは絶対に曲げることができないそうです。



地獄に落ちる前に「落ちたら痛いぞ」と言われた方がいい

今日は、ちょっと、みなさんにとって痛いところに触れることもあるかもしれませんけれども、それもありがたいことです。
崖から落ちてから「痛い」と言うよりは、やはり、落ちる前に「落ちたら痛いぞ」と言われたほうがいいのではないでしょうか。
私はそれを単なる”脅し”とは思いません。
それは「注意」でありますし、「警告」です。
そういうことです。

「地獄に堕ちるぞ」なんて言うと、今の時代だと「ハラスメントだ!」と言われかねない状況です。

それでも、堕ちてから痛い!ということを知るよりも、「地獄に堕ちたら痛いぞ!」と主張し続ける方がマシだと思い、警告をされ続けていました。



「この世が地獄に近づいている」

特に、この世がちょっと地獄に近づいてきている感じは、強く、ひしひしと来ます。
やはり、物が溢れ、便利になってきたから、「あの世のことなんか考えているより、この世で充実して幸福なら、それでいい」という価値観が強くなってきています。
「地獄なんかはアニメの世界のなかにでもあればいい」というところでしょうか。
そのくらいになっていると思うけれども、「そうじゃないよ」ということを言っています。

物が溢れて便利になり、「この世さえ幸福であればそれでいい」という考え方になると、霊やあの世の存在も信じなくなり、自分さえ人生を愉しめば良い、となっていく人が多いようです。



物質文明が発展しようとも、『人間の本質は魂である』ことを忘れてはならない

要するに、この世では物のほうがずいぶん発展しているし、この世で生きているうちは、それに必要なものがあるから、「いろいろなものをつくったり育てたり、売ったり買ったりして、やらなくてはいけない」という仕事をしながら生きていかなくてはいけないことにはなっているのだけども、「そのなかにいて、『人間の本質は魂である』『自分は霊的存在である』ということを忘れてはならない」ということを言う人がとても少なくなってきているので、困っているのです。

いくらこの世が住みやすくなり、物質文明が発達したとしても、「この世は魂の修行場であり、人間の本質は魂である」という真理を忘れないように、という忠告が投げかけられています。

それほどに、あの世や魂を信じている人が少なくなってきているのかもしれません。



お墓がなくなると、「死んだら終わりだ」と思う人は路頭に迷う

お墓があるだけでも、やはり、「あの世ってあるのかな」ということを思い出す機縁にはなるのです。
お盆だとか命日だとか正月だとか、いろんなところで宗教行事があります。
「バカバカしい伝統行事あるいは慣習だ」と思っているかもしれないけれども、それでも、「死んだあとに、もしかしたら、そういう世界があるのかなあ」と思うよすがにはなってはいるのです。

そういうものが全部なくなって、「お金を損するから、もう灰にして撒いてくれ」とか、「東京湾でクルーズをして撒いてくれ」とか、「木の周りに撒いてくれ」とか言う人も増えてきています。
そうすると、お墓も要らないし、葬式も要らないし、何百万円かを節約できることは確実ではあります。
しかし、死んでからあと、”路頭に迷う”という感じではないけれども、どうしたらいいかが分からないのです。
そうして迷っている人の数の多さが、もう今は半端ではありません。

生きている間に唯物論で、「死んだら終わりだ」ということを常識のように教わってきているので、死んだあとがあったならどう考えるかというと、あの世を信じないわけですから、「死んでない」と思うのです。

最近では火葬した後の灰を海に散骨したり、樹木葬のような形で、樹々の中に遺骨を埋めたり、という葬式形態も増えてきています。

ただ、この場合、亡くなった方が、「自分の本質が霊である」と気づいている方は良いのですが、そうでなかった場合、自分のお墓を見れないため、死んだことに気づかない、という人も出てきているそうです。

できれば何らかの墓標のようなものが建っていて、故人を偲ぶ空間、遺族が念いを向けられるような空間がある方が、あの世の本人も迷わずに導かれていくそうです。



自分が死んだことに気づかない人は、行く所がなく、地縛霊となる

「死んでない」と思ったらどうするか――行く所がないのです。
行く所がないから、生前の会社とか、自宅とか、病院とか、そのあたりにいっぱいいるわけです。

病院にお勤めの方もいらっしゃるとは思います。
病院にもよるとは思いますし、「真理の入った病院」はちょっとだけ違うと思いたいですが、「この世の病院」と「地獄の病院」が重なっている所もそうとう多いのです。

そこで死んだ患者がたくさんいる。
それから、そこに勤めていたけれども亡くなっているお医者さんや看護師さんもいらっしゃる。
だから、三次元の病院とあの世の病院が一緒に存在していて、生きている人と死んでいる人とが一緒に入院しているような状態が、あちらこちらでいっぱい見受けられます。

彼らは行くところがないのです。
そんなことは習っていないし、死後の世界なんか聞いていないし、信じていない。
新聞を読んだって、ニュースを観たって、そんなものは全然ないし、教科書でも習っていない。
8月15日に戦没者の慰霊みたいなものをやっているとか、原爆記念日にそれをやっているとか、ときどきそういうものはあるけれども、「自分とは特に関係がない」という状況でしょうか。

地縛霊――。

事故現場や、病院などでよく目撃されるといいますが、地縛霊は実際に、自分が死んだことに気づかず、自分に縁のある場所をウロウロするしかない状況なのだです。

それもすべて、死後の世界について知らないか、信じていなかったからだそう。

そう聞くと、私たちもいつ死ぬか分かりませんので、できるだけ早いうちに、「自分の本質は魂である」「死後の世界、天国、地獄は存在する」と思って覚悟しておいた方が良いでしょう。



肉体のコンディションを整えるだけでなく、霊的なものも忘れないように

結局、言いたいことは何かというと、肉体のコンディションを整えるための薬だとか食べ物だとか運動だとか、ヘルス(健康)のための道具だとか、いろいろなものが開発されて、この世が生きよくなるようにしてくれてはおり、それはそれで構わないのですが、「そのために忘れるものがあってはいけない」ということを言っているわけです。
霊的なものを忘れてはいけないのです。

最近では、身体のコンディションを整えるサービスは至る所に存在していますが、本当はそれと同じく、心のコンディションを整えることも大事です。

心を整えれば、自然と身体が健康になってくることもある、と教えてもいただいています。

身体も心も大切にして良きバランスで生きつつ、私たちの本質は霊であること、忘れずに生きていきたいものですね!


今回はこのあたりまで。

最後までご覧くださり、心より感謝いたします。



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