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〈読書記録〉短歌と散文のマリアージュ

くどうれいん × 東直子
2人の歌人が、短歌と散文でつなぐ、みずみずしい歌物語。

◇ 本の中身

29歳の「みつき」は、この先の人生を思うと、途方もない気持ちになる。こちらが、くどうれいんパート(黒文字)。
謎の存在「ミメイ」は、おなじ街を漂よっている。こちらが、東直子パート(青文字)。

短歌の背景を語るように散文が綴られているので、短歌がよくわからなくても楽しめる。

みつきの物語は、たまに現れる元カレ「ハギノ」の言葉が刺さり、マッチングアプリで出会って結婚することになる相手の返しが、いちいち男前で気持ちいい。

一方のミメイは、空を漂よう綿毛のように、風に流れてふわりふわりと楽しそう。雨に打たれると嬉しそうに、つかみどころのない不思議な存在として関わってくる。

言葉の中をたゆたうような、こころがふわふわするような。眠れない夜に穏やかな時間を共に過ごしてくれます。

◇ 主観

短歌だけの詩集だと、まったくの初心者(私のこと)には難しくてわかりません。散文による背景の説明があることで納得でき、物語を読んでいるように楽しめます。

短歌がショートショートのように繋がっているのが面白くて、おかげで物語もわかりやすいです。

特に好きな短歌を残します。

笛・太鼓・踊りの三手に分かれるとやるせなさそうな人たちが笛

23ページ

太鼓をやる人は、元気ではつらつとしていて眉毛が太い。私は笛をやる人だなと思った。やるせなさそうな顔が、夜の窓に反射していました。

土が乾いてゆくまで話す紅葉のころにあなたがそこにいたなら

44ページ

濡れた土が乾いて色を変えていくように、雪がしんしんと降り積もり色を隠すように、時間の流れが目に見えると安心します。

柿を剝く柿は心底不安なとき手に取ることのない果物だ

99ページ

散文の方にある。「おれたちはもうすこし、こうゆう、柿を剥くような時間が必要なのかもしれない」と彼は言った。という一文。
婚約者から式を先送りにしようと告げられた後に言われたら、途方もない気持ちになります。夫婦だったら穏やかな日常の1ページなのにね。

読書好きな中学生の姪にプレゼントしたら、喜んでくれるかな。

左右社:2023.12.6
四六変形判:144ページ

垂直のガラスを蛸があるいてる雨つよくふる都市のどこかに(東直子)

柳の葉は撫でることしかできなくて小川の街でだれを愛すの(くどうれいん)

結婚を打診されるも、かつての恋人の存在が心にひっかかり、素直に喜べないみつき。
同じ街を浮遊しながら思考する謎の存在・ミメイ。
ひとつの街にふたつの意識が浮かび上がり、淡く交信しながら進む物語。

【著者コメント】
東さんと日常を交信するようにはじめた短歌のやり取りは、次第にわたしの人生を離陸してまったく別の「みつき」の人生になりました。書き終えたいま、雨が降ると、わたしのところへもミメイが来ているような気配がします。(くどうれいん)

くどうさんと言葉を空に放って心を分け合っていたら、遠くにいるのにすぐそばにいるような、近づくことのできないところを浮遊しているような、とけあうような心地になりました。えもいわれぬ体験でしたが、その世界の人たちと時々目が合ってドキドキしました。(東直子)

amazon本の概要より

くどう れいん
歌人・作家。1994年生まれ。岩手県盛岡市出身・在住。著書に、第165回芥川賞候補作となった小説『氷柱の声』、エッセイ集『わたしを空腹にしないほうがいい』『虎のたましい人魚の涙』『桃を煮るひと』、歌集『水中で口笛』、第72回小学館児童出版文化賞候補作となった絵本『あんまりすてきだったから』などがある。

東 直子 (ひがし なおこ)
歌人・作家。1996年歌壇賞受賞。2016年『いとの森の家』で第31回坪田譲治文学賞受賞。歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』など。小説に『とりつくしま』『さようなら窓』『階段にパレット』ほか。歌書に『短歌の時間』『現代短歌版百人一首』、エッセイ集に『千年ごはん』『愛のうた』『一緒に生きる』など。近著に短編集『ひとっこひとり』。


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