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掌編小説『手をつなぐ』

 小学校の校庭で、好きな人から逃げている。
 全力で走っても、鬼役の鈴木くんからは逃げきれない。一番に捕まれば、手をつなげるチャンスなのに、いまはダメ。
「もう、にげられないぞ」
 そんな嬉しそうに言わないで。
 少しづつ縮む距離のせいもあって、心臓が破裂しそう。
 よれよれっと走っている親友が目にうつる。
「よ、ようこ、おねがい、たす……」
 一瞬、いたずらっぽく笑うと、颯爽と走り去っていく。
 あいつ。私の気持ちと、手のひら事情を知っていながら、逃げやがった。
「ターッチ」
 ああ、終わった。洋子に気を取られている場合ではなかった。
「て……つながなきゃダメかな?」
「あたりまえだろ。はやくしろよ!」んっ。さしだしてくる。
 チャンスなのに、ちっとも嬉しくない。
 手のひらを見つめたまま、動けないでいた。
「おれとてをつなぐの、そんなにいやか?」
 そんなわけない「ちがっ、ちがうの」
「ちょっと、てあせはすごいけど、きたなくないぞ!」ほらっ。と言いながら両手のひらを向ける。眩しいくらいの笑顔が、指のスキマから覗いている。
「わたしもてあせ……ほらっ」
 つられて言ってしまった。顔が熱い。走ったせい。それもある。あぁ……なんで見せ合っているんだろう。
「なにしてるんだよ。ふたりして」笑っている男子に気を取られる。
「いくぞっ」
「あっ」手……つないじゃった。
 まとまらない言葉に、頭が熱くなる。
 なすがままの私を、遠くで見ている洋子だけが、鮮やかにうつった。

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