横鼠ゆりね
昨年の新型コロナ第一波による巣ごもり生活のときに、Facebook にぽつぽつとアップしていたものも含め「ちょっと変わった」料理のレシピや料理にまつわる話を記した記事をここにまとめていきたいと思います。ちょっと面倒な手順のものもあれば簡単にすぐにできてしまうものもあります。これからまた巣ごもりが頻繁にあったり長引いたりしそうな時代、みなさまのアイデアの足しになれば幸いです。
神戸港を舞台にしたトリロジー(三部作)です。センチメンタルな思い出を綴った短編 2 編とエッセー 1 編。ノスタルジック神戸へようこそ。
鴨川デルタ三部作(短編) 〜 軽いBL 〜
今は昔、ひと時ではあるが表参道のあたりに住んだことがある。 表参道ヒルズのところに、まるで軍艦島で目にするような古めかしくて厳 (いか) つい姿のアパートがあった頃だ。住所で言えば神宮前になるのか、きらびやかな店の並ぶ表参道や青山通りも、一歩裏手に入ると驚くほど地味で静かな住宅地が潜んでおり、見るからに築年数を重ねたアパートも当時はそこここにあった。 僕の部屋も、何の変哲もないコーポラスの2階で、狭い裏通りに面して申しわけ程度のベランダがあったのだが、そのベランダの鼻先には
ジャコビニ流星群(りゅう座流星群)、今晩あたりが極大だそう。コアなユーミンファンなら自動的に思い出すのが『ジャコビニ彗星の日』だろう。僕はコアなファンではなく25歳を超えてから周りの人たちの影響で聴くようになったので、古い名曲をあまり知らない。 さてこの歌も1979年にリリースされた「悲しいほどお天気」というアルバムに収録されていたすごく古い歌。その頃の僕は同年代の御多分に洩れず洋楽ばかり聴いていたので、ユーミンのこの歌を知ったのは随分と後になってからのことだ。20世紀末に
血に飢えたネタニヤフの蛮行は、ガザやヨルダン川西岸地区に留まることはなく、隣国レバノンや数千キロ離れたイエメンにまで無慈悲な無差別空爆を行うようになりました。 9月末になって、民兵組織ヒズボラに対する報復として、イスラエル軍はレバノン領内への激しい空爆を開始し、一両日中には地上戦としてレバノン領内に侵攻すると見られています。 きょうは、昔日にアラビストの端くれとしてこの地域に関わった者として、レバノンという国について、すこし踏み込んだ話をしてみたいと思います。 レバノンは
2023年第10回 日本翻訳大賞 の推薦作品の1冊として、光栄なことに: 拙訳『ミダック横町』 ナギーブ・マフフーズ著 (作品社) (原作アラビア語) を挙げていただき、さらにありがたいことに推薦文まで2篇賜りました。 いずれもすてきな内容の推薦文で、スクリーンショットを撮りましたが、それをここで挙げればサイトの著作権にも抵触するかも知れないので、推薦作品のページのリンクだけシェアいたします。 推薦文は多岐の作品にわたり多数あるので、ページ上で kanko さんと ZD
BBCの報道なのだけど、ポーランドがちょっと羨ましいなと思った話。 少し待てば日本語の記事になる可能性もあるけれど、あまり待たされると新鮮味に欠けてしまうので内容を説明します(翻訳だけではなく、自分の意見も混じる長文投稿です)。 “ポーランド、女性や若い世代が右翼政権に対して立ち上がった” 夜中の1時もとおに超えているのにヴウォツワフの投票所の前は数百人から成る長蛇の列。その列には中にはエンターテインメント関連のブロガー、シモン・シュムニャクもいた。 この時期のポーラン
自分は「郵便物恐怖症」である。 恐怖症は言い過ぎかも知れないが、郵便物嫌いであることは確か。 そもそも郵便物の大半は友人や知り合いからではなく、大抵は役所か、何の愛着も感じない会社から送られてくるものだ。そして大半は悪しき知らせが多い。つまり何かの料金を滞納したとか、税金を払え、とかあれこれ証明書を送れとか・・・それが役所関連からの郵便物である一方、何の愛着も感じない会社からの郵便物はかさばるばかりで何の得な情報ももたらさずゴミ箱を太らせるだけである。 そういうわけで、郵
暗い艀(はしけ)の町で刈られて 欧州大陸の西端にあるポルトガルは、首都リスボンで東京とほぼ同じ緯度にあるが、沖を流れるメキシコ湾岸流のおかげでとても温暖な気候にあり、真冬でも最低気温が14度ほどである。 15年前の2月、3週間ちょっとの休みを取ってポルトガルに行った。正直これといった目的はなく、最初のほうの3日間だけ、パリから来るフランス人のカップルとリスボンで合流し遊ぶというのが唯一の予定で、ホテルも最初の5日間しか取ってなかった。 その予定も終わり、そこから後は
薔薇色のあじさい (ライナー・マリア・リルケ) 誰がその薔薇色を奪っていくのか、 それがこの花の中に 集まっているなんて、 誰が思いつくだろう 箔をまとったものが輝きをやがて失うように 使い込まれたようにやさしく紅が褪せていく こんな薔薇色のほかには何も望まぬようにと 薔薇色だけが花のためにとどまって そして空から微笑んでいるのか? 香りのように悠揚と消え失せてゆく薔薇色を 天使たちがやさしく空で、その両手に受けるのか? それとも盛りが過ぎゆくのを知らすまいと
エジプト初のノーベル文学賞作家ナギーブ・マフフーズ (Naguib Mahfouz) の長編『ミダック横町』単行本が拙訳にて作品社様より出版されました。(本名で出しています) 版数は少ないですが、書店で見かけましたらお手に取ってみてください。よろしくお願いします。 Amazon にも在庫は多少あるようです。 ミダック横町 | ナギーブ・マフフーズ, 香戸精一 |本 | 通販 | Amazon
夜中にそぼ降った小雨が風に倒れた看板の上で氷結している。 山から降りてくる身を切るような風。 どんな暖冬でも、なぜかこの日だけは必ずといっていいほど特別に寒い。 山手から街に降りる真冬の坂道、ひったくりも眠りについているようなこの時間帯には新聞配達のバイクのほか、自分以外の人影はまったく見あたらなかったが、次の交差点で2人増え、次の大きな道で5人増え、まるで細胞に行き渡った赤血球が心臓に戻っていくように無言で早足の人の数は増え、市役所前でそれは大静脈となる。 記憶
秋が過ぎ、いよいよ木枯らしが灰色のパリやミラノの街を吹き始める頃、街路のあちこちに焼き栗の屋台が立つ。大鍋でごろごろ転がしながら焼いていたり、蒸気を使った仕掛けを自転車に積んでいるものもある。 さて、栗の季節になると毎年思い出すことがある。もう四半世紀ほど前のことで、別になんらセンセーショナルな話というわけでもないが、これまで誰にも話したことのない話。ちょっと長くなるのでお暇な方だけお付き合いください。 ----------------------------- 堕ち
ちはやぶる神代もきかず竜田川 からくれなゐに水くくるとは (不思議なことが多々あった神々の時代にも耳にしたことがない、竜田川が遠い異国の唐の紅の衣をまとうということがあるなんて) 師走になるや気温がぐんと下がり、今年の紅葉劇場にも緞帳が降りようとしているが、万葉の時代からのもみじの名所である奈良・竜田川の錦繍とは果たしてどのようなものなのか、これまで 2 回訪れたことがあるが、一度は時期より早すぎて、もう一度は遅すぎていまだによく知らぬままである。 この和歌にいう、から
前の晩に早く寝すぎたせいで、いつもなら床に就くような時間帯に目が覚めてしまった。鍋に残っていた赤出汁と炊き込みご飯を食べて午前2時半。はて、今からもう一度寝るべきか・・・いや、きっと眠れないだろうなと思い、天気予報アプリをチェックしてみる。午後からは雨だが、東に向かう分には午前中は晴天の予報。 そこでずっと前から行ってみたかったけれど、そこを目指して一泊で行くほどの価値もないし、かと行って遠足気分で出かけられるような場所でもない、福井県の山奥にあるという「刈込池」なるもの
一度だけ家出をしたことがある。プチ家出。 5年前に大事件となった北海道の大和くんと同じ7歳のとき。 彼は親のオシオキで置き去りにされたが、僕は勝手に家を出た…と思う。 原因。なにせ小さい時ゆえに覚えていないが、親が言うに「欲しいと思った傘を買ってもらえなかった」かららしい。 傘ごときで、と思うが7歳の子供のこころは計り知れない。 大和くんは自らすすんで何日間も姿をくらましたんだと思う。7日間は予定外だったかも知れないけれど、少なくとも数日は親から逃げてやると思ったに違いな
コマ落としの映像のように目まぐるしく時が流れゆく東京の空の下で、まだ二十代の、覇気も色気もなかった自分がどのようにして 5 つほど年上の CA と知り合ったのか今考えても不思議だが、実際、宮益坂あたりのちょっとカビ臭いバーで毎晩のように、ダブルワークでボロボロになってうつらうつらしているうちに気づけばいつも二人きりになっていた。 冷たいわけではないが人懐こいわけでもない奥二重の目に、鋭くまっすぐな鼻をしており、その割にぽってりといした唇の表情からは何を考えているのかを読み取