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「それが、私の麻雀だから」

 シンデレラファイトとは、つくづくタイトル詐欺だなと思う。物語のシンデレラは、女たちに虐められていた可哀そうな少女が、魔法使いに助けられ、王子様に愛されて幸せになってめでたしめでたし。そんな胸焼けしそうに甘ったるいお話だった。

 しかし現実のシンデレラファイトには、馬車やドレスをくれる親切な魔法使いも、救出に来てくれる素敵な王子様もいやしない。ドレスは自分たちで用意する。舞踏会に行けば王子様がいるらしいが、スタジオに行けばそこにいるのは目をギラギラさせたライバルの女たちだけ。

 大会のシステムは、どんどん脱落者を決めていくサバイバル方式である。ラスを引いたら即退場。生き残るには麻雀で勝つしかない。ここで優しさは命取り。勝つのはだいたい、冷徹な打牌を選択し続ける女である。

 敗退が決まった者はすぐさま卓から離れ、出口へと向かうのがお約束だ。するとどこからともなく悲しい音楽が流れ始め、そこでお別れとなる。この率直に言って安っぽい演出が、敗者の悲哀をいっそう際立たせる。

 王子様のいない世界で、たったひとつの幸せを得るためにライバルを蹴落とし続ける。そんな戦いに、今年は44名もの女流プロが参加している。松田彩花ことあやちーのその1人だ。8月19日、あやちーは見事シンデレラファイトの決勝まで勝ち進んだ。その対局で、視聴者や解説席にいる人たちを驚かせた1局がある。#3の東4局1本場だ。

 第3試合はトップと2着が勝ち上がりで現在僅差の2着目。軽い手をもらったあやちーはポン、ポンと仕掛けて早々にテンパイを入れる。供託の2本も手に入れたいところだ。

 しかし、南家の成海プロには早くて高い手が入っていた。配牌でドラドラ赤の一向聴。そして4巡目、3枚目のドラを引き入れてハネ満確定のリーチをかける。しかもこの時点で三六筒は山に6枚も残っていた。絶好のチャンスである。

 苦しいのはあやちーだ。あやちーの待ちも山に3枚残っていたものの、待ちも打点も絶対的に不利。そして7巡目、先に当たり牌の三筒を掴んでしまう。点数状況的に放銃は避けたいが、手牌に安全牌はない。「これは無理」誰もがそう思ったその刹那。

 あやちーはノータイムで切り飛ばした。三筒ではなく五索を。すごくないか?四索と七索が3枚ずつ見えているとはいえ、現物ではないし自身はテンパイだし、通ってない牌もまだまだあるし、供託だって3本もある。押す理由はいくらでも挙げられる。この三筒ビタ止めはちょっとした事件である。

 神回避をしたあやちーに再び危機が訪れる。もう一度当たり牌の六筒を引いてくる。三筒も九筒も無筋。どっちも当たりうるなら両面に受けたくなるところだが――

 ここでも九筒を切り、死線をくぐり抜けてみせた。そしてこのテンパイ形を維持して流局となる。成海プロと、彼女を応援していたファンからしたらたまったものではないだろう。2着目からハネ満を直撃できたと思ったら2人テンパイで流局している。一体どうなっているんだと。

 最大のピンチを凌いだあやちーは南場を辛くも逃げ切り、2着で決勝進出を決めた。ファイナリスト4名のうち、この日トップを取れなかったのはあやちーだけだ。しかし見る人に最もインパクトを与えたプレーは、あやちーの三筒ビタ止めだったのではないだろうか。一体なぜ、あやちーは放銃を回避できたのか?気になる人は多いはずだ。

 後日、あやちーは個人の配信であの局の話題になると、こんなことを語ってくれた。力強くはっきりと、ちょっとだけ得意げに。

「三筒が当たりかなんて分からないよ。五索だって絶対通るとは限らない。でもだからといって三筒を打つのは違うなって思った。あそこで五索を切るのが私の麻雀だから。いつもと違う麻雀を打って負けるのが、一番後悔するなって。」

 おいおい、あやちー。めちゃくちゃかっこいいことを言うじゃないか。「それが、私の麻雀だから」か。

 私の麻雀・・・あやちーの麻雀。それを一言で表現するならば、「一生懸命攻めて、一生懸命オリる」だと思う。誰の影響を受けてこの麻雀スタイルになったのか。そんなの決まっている。この日解説席にいた、尊敬する大好きな先輩だ。

 「ゆーみんの現代麻雀が最速で強くなる本」、通称「ゆーみん本」は業界初の女流プロが執筆した麻雀戦術書だ。この一冊の本が松田彩花の人生を変えた。あやちーは魚谷侑未に憧れて麻雀プロを志し、ゆーみん本をお守りにしてプロ試験を受けたという。

魚谷侑未「改訂版 ゆーみんの現代麻雀が最速で強くなる本」(鉄人社)から引用

 勝負手は目いっぱいに構えると決めているから、結果放銃になっても後悔しない。引きずらない。

SemiFinal #2で満貫を放銃した場面
魚谷侑未「改訂版 ゆーみんの現代麻雀が最速で強くなる本」(鉄人社)から引用

 鳴いてもオリるべき局面だと判断したらオリると決めているから、苦しい状況になっても迷わない。

ABEMAプレミアムに入っているなら、五索切りの選択の速さも見て欲しい

 ゆーみん本は中級者向けの戦術書であり、書かれているのは現代麻雀の基本である。あやちーも麻雀プロとして研鑽を積み、高度な技術や引き出しも多く身につけているだろう。でも打ち筋を見れば分かる。彼女の麻雀のベースにあるのは間違いなくゆーみん本だ。魚谷侑未の麻雀が、確かに息づいている。

 あやちーはこんなことも語ってくれた。「あの局、成海さんに早い手が入ってるのは気配で分かっていたよ」と。赤ドラドラの好形で絶対にアガリたい勝負手をもらえば、気合が入るし手にも力が入る。その僅かな変化をあやちーは見逃さなかった。

 十分なリードがあるとはいえない点差。だから相手のチャンス手を潰すために、仕掛けて一生懸命攻めた

 しかしリーチをかけられてしまえば話が変わる。自分の手はかわし手で、あがったところで決まり手にはならない。相手はおそらく勝負手で、打ち込めば致命傷になるだろう。ならばめくり合いの勝負はできない。そう判断したから、あやちーは一生懸命オリることを決めたのだ。

 魚谷侑未から受け継いだ麻雀スタイルに加え、相手の勝負気配を感じ取る鋭い洞察。そして自分の麻雀を打ち切るという強い気持ち。三つ全てが嚙み合って生まれたのがあの三筒止めだった。どれか一つでも欠けていれば放銃になっていたと思う。セミファイナルで敗退していた可能性も十分あった。しかしあやちーは危機を乗り越え、尊敬する先輩や、応援してくれている人の前で自分の麻雀を表現してみせた。見事と言うより他にない。

 あやちーには負けられない理由がある。シンデレラファイトの出場資格は優勝経験のないプロ入り後7年以内の女流プロである。あやちーは今年がラストイヤー。これを逃したら次はない。そしてシンデレラファイトのセミファイナルの日は女流桜花(日本プロ麻雀連盟の女流タイトル・リーグ戦)の対局日でもあった。Bリーグに所属するあやちーは現在6位の好位置につけているが、昇級にはまだ少しポイントが足りない。連盟の女流プロにとって、桜花Aに在籍する価値は大きい。桜花Aは全対局放送されるが、桜花Bは基本的に放送がない。自分の対局する姿を応援している人に見てもらえるAリーグと、結果を報告することしかできないBリーグ以下にはとてつもなく大きな差がある。ノーペナルティ(±0扱い)とはいえ、欠場でポイントを伸ばす機会を1節失うのはかなりの痛手である。優勝と昇級、両方できれば最高なのは間違いないが、まずはシンデレラファイトの優勝を成し遂げたいという思いは強いはずだ。

 あやちーの目標は「最強の実況者」になること。番組の選手紹介テロップには、「優勝したら仕事が欲しい」と書かれていてた。勘違いしてはいけない。別にあやちーは仕事がなくて困っているわけではなく、今も忙しい日々を送っている。彼女は夢に向かって貪欲なのだ。リーグ戦の実況だったり、麻雀番組のMCだったり、テレビ対局に呼ばれたり。次のステージの仕事をやりたいと思っているのだろう。でも御伽話のシンデレラのように、待っているだけで幸せはやってこない。チャンスは勝ち取るもの。それが今を生きる者たちのリアルであり、麻雀プロならなおのことだ。

 今年のシンデレラファイトはレベルが高い。ファイナリストの4人はいずれも実力者ばかりだ。激戦になることは必至だろう。それでもここまで来たら勝つっきゃない。やったれ、あやちー!

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