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一生ボロアパートでよかった

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記事一覧

一生ボロアパートでよかった⑬

一生ボロアパートでよかった⑬

 春休みの終わりが目前に迫った4月の頭。春の日差しを受けて花々が芽吹くように、私の心にも焦りが芽吹き始めていました。

 あともう少しで新学期になる。中学3年生になる。そして今年は高校受験がある。それが私の中で焦りを芽吹かせる主たる原因でした。少し先の未来を考えれば、新学期からでも学校に行くべきである事は明白でした。

 でも私にはそれが恐ろしく怖かったのです。だって、もう既に一度逃げてしまいまし

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一生ボロアパートでよかった⑫

一生ボロアパートでよかった⑫

 学年末テストも終業式も終わり、春休みに入りました。私は不登校のまま春休み入りしたので、学校というしがらみから解放される、あの長期休み前特有の喜びに浸ることが出来ませんでした。

 想像するにきっと男子なんかは、終業式後のホームルームが終わるや否やガッツポーズをして「よっしゃー、休みだー」とかなんとか言っちゃって、舞い上がっているに違いありませんでした。きっと女子なんかは、春休みに入ったら気になる

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一生ボロアパートでよかった⑪

一生ボロアパートでよかった⑪

 一度学校を休むと、さらに学校に行きたくなくなるんですよね。だって、もうすでに敗走しているのに、また戦場に赴いたところで、どうせ勝鬨を上げた連中に笑われるに決まっているじゃないですか。私がせっかく勇気を振り絞って学校に行ったとしても、きっとまた惨めな気持ちにさせられるんだろうなって思っちゃうんですよ。

 私もそんな感じで、不登校初日、2日目、3日目と、ズルズルと休み続けました。
 2日目も両親に

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一生ボロアパートでよかった⑩

一生ボロアパートでよかった⑩

 中2の学年末テストが始まる前に、私は不登校になりました。またテストで低い点数を取って自尊心が傷つけられると思うと、耐えられなかったのです。
 さらに言えば、クラスメイトの輪に入れないのも辛かったし、キラキラした学生生活をしている他の子達が妬ましかったし、テスト範囲のノートはどこかに消えたまま出てこなくなったし、なんかもう、全部が嫌になりました。
 それに、家の玄関前の廊下に並んでいたゴミたちが、

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一生ボロアパートでよかった⑨

一生ボロアパートでよかった⑨

 "親ガチャ"って、便利な言葉ですよね。自分の人生の不運を憐れむのに、使い勝手が良い。

 両親の経済力や性格、相性なんかを槍玉にあげて、不運の責任を押し付けるのに丁度いい言葉だと思います。
 もしくは、神様とか運命とか、そんな目に見えないフワフワしたものを悪者にして、"はずれ"を引かされた自分は可哀想な被害者なんだって、思わせてくれる言葉ですよね。

 私も中学生になってから、なんで自分だけこん

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一生ボロアパートでよかった⑧

一生ボロアパートでよかった⑧

 マナちゃんは、小学校卒業と同時に引っ越していきました。お父さんが転勤になったと言っていました。たしか東京に行ったはずです。

 最後にマナちゃんにバイバイした日、アオイちゃんと3人で一緒に泣きました。マナちゃんが泣きながら「手紙書くね」って言ってくれて、「私も絶対書くよ」って泣きながら答えました。でも結局、手紙は一通も来ませんでした。私も、一通も送りませんでした。

 マナちゃんが実は、中学受験

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一生ボロアパートでよかった⑦

一生ボロアパートでよかった⑦

 学校ではアオイちゃんにもマナちゃんにも、自分の部屋を手に入れた事は話しませんでした。マナちゃんは「遊びに行く」と言い出しかねないし、万が一遊びにきて、アオイちゃんにまた「なんか臭いね」って言われるのも嫌だったので。同じ轍は踏みません。あの一件以来、友達は家に呼ばないと心に決めていました。

 自分の家に招く事ができない分、友達の家に遊びに行く機会は増えました。友達の家に遊びに行ける日はとてもラッ

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一生ボロアパートでよかった⑥

一生ボロアパートでよかった⑥

 物置部屋掃除の翌日、学校から帰った後、私は1人で床を掃除しました。
 物置部屋の床は、埃を掃いてしまえば大して汚れていませんでした。荷物置きにしか使われていませんでしたから、荷物がなくなってしまえば、あの部屋が家の中で一番綺麗でした。
 床掃除は、箒で掃いてから雑巾掛けをしました。一階のクローゼットの中に掃除機があるのは知っていましたが、ゴミが扉の前に山積みになって取り出せなかったので、使うのを

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一生ボロアパートでよかった⑤

一生ボロアパートでよかった⑤

 物置部屋掃除の後、私はお茶漬けを食べて、シャワーを浴びて、母の部屋で寝ました。
 私がベットに入った時、母はもう寝ていました。母はいつもクイーンサイズのベットの片側に寄って寝てくれるのですが、その日はベットの真ん中で寝ていました。きっと、私が物置部屋で寝ると思っていたのでしょう。床掃除をして、来客用の布団を出せばあの部屋で寝られないこともありませんでしたが、あの日は無性に母のベットで寝たかったの

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一生ボロアパートでよかった④

一生ボロアパートでよかった④

 ハナがいなくなってから、母はずっとイライラしていたし、父はずっと酔っ払っていて、私はずっと孤独でした。
 母が何に対してイライラしていたのかわかりませんでした。何故モノに八つ当たりするかのように大きな物音を立てて、そのイライラを私や父にアピールするのかわかりませんでした。派手な服を着る日、どこに行っていたのかわかりませんでした。何故仕事の時間がどんどん伸びていったのでしょうか。なぜどんどん笑わな

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一生ボロアパートでよかった③

一生ボロアパートでよかった③

 自分の部屋が欲しいと言った時、父は「中学生になったらお前の部屋をあげようと思ってたんだ」と、ヘラっと笑いながら私に言いました。父はこの日もお酒を飲んでいて、帰宅後ずっとダイニングテーブルの椅子に座ってテレビを見ていました。テレビ前のソファに座れば良いのに、わざわざテレビから遠いダイニングテーブルの椅子に座って、いつもぼーっとテレビを見ているのです。
 母は眉間に深いしわをつくり、わかりやすく嫌な

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一生ボロアパートでよかった②

一生ボロアパートでよかった②

 ハナがいなくなってまもなく、母は仕事を始めました。近所のスーパーのレジ打ちのパートです。私は同級生に「あそこのスーパーでお前の母ちゃん見たよ」と言われるのが恥ずかしくて、早く仕事を辞めて欲しいと思っていました。
 しかし、母の勤務時間はどんどん長くなって、朝から晩まで働くようになりました。登校時も帰宅時も、鍵の開け閉めは私の仕事になりました。どうやら違う仕事も始めたようでしたが、それがなんの仕事

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一生ボロアパートでよかった①

一生ボロアパートでよかった①

 私が幼稚園の年長になった頃、両親は家を買いました。新築の白い家です。今思えば大して広くもない、よくある40坪程度の分譲住宅の一つでした。しかし、当時の私にはお城のように広く感じられて、まるで自分がお姫様にでもなったかのような気分でした。太陽の光を浴びると白色の壁面がより輝いて見え、新しく美しい家は、幼い私に自信を与えてくれました。まさか、あの白い綺麗な家がゴミ屋敷になるなんて、誰も思わなかったと

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