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月と六文銭・第十九章(11)

 鄭衛桑間ていえいそうかん:鄭と衛は春秋時代の王朝の名。両国の音楽は淫らなものであったため、国が滅んだとされている。桑間は衛の濮水ぼくすいのほとりの地名のこと。いん紂王ちゅうおうの作った淫靡な音楽のことも指す。

 元アナウンサーでシングルマザーの播本優香はりもと・ゆうかとの楽しいひと時の直後に銀座のホステス・喜美香きみかから突然の来訪を受けることになった武田は、喜美香がジムに行くような恰好で登場するとは思っていなかった。
 プライベートでも時々逢瀬を楽しんでいて、喜美香のオフ姿を度々見ていた武田ではあったが、さすがに今夜の恰好にはびっくりしていた。

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 銀座のホステス・喜美香は月に1度1週間ほど関西に戻って、父母が決めた相手と「試し婚」をしていた。つまり、その1週間は両親が婚約者と決めた男性と同棲し、夫婦のような生活をしていた。両親が30歳近くになっても落ち着かない娘を心配して、婚約者を決め、結婚生活を体験させようと考えた結果の取り組みだった。
 外では対等の関係の二人だったが、部屋に戻れば男性は喜美香の機嫌を損ねないよう腫れ物に触れるような扱いをした。夜もそんな調子で、長時間にわたり丁寧に扱われたが、満足とは程遠い行為だった。一応「旦那様となる人」の手前、満足したふりをしていたが、そうしたふりをすればするほど虚しくなり、行為をするのが嫌になっていた。
 喜美香が楽しめていない、義理で関係を持っているのを感じていた男性は、彼女を満足させようと毎晩頑張るので、更に喜美香が醒めていくという悪循環に陥っていた。
 一度は「男らしく抱いてよ、アンタの跡をアタシの体に残してよ!」と叫びそうになったこともあったが、そんなことをしたら、二人の気持ちの決裂は決定的となり、下手をしたら関西弁護士会でこの男性は生きていけなくなってしまうことを喜美香は知っていた。
 喜美香の父にはそういう力があったし、喜美香の許嫁がどこかへ消えてしまったことが過去にあったのも事実だ。まだ喜美香が二十代前半で父の力をよく理解していない頃に、当時の許嫁と喧嘩して、父に「あの人と一緒にいるのはいや!」と言ったことがあった。父は生意気だが、元気印のような次女が嫌な思いをしたと受け止め、その男性を社会的に葬った。
 自分のわがままで他人の人生がこうも簡単に変わってしまうことを理解し、父の前で他人の評価や感想を言わなくなった。そして、24歳になった年、「自分でやりたい仕事を見つけた」と言って東京に出てきたのにも、そういう背景があった。今でも父は心配で、最低でも週に一回は電話をかけてきて喜美香が不自由をしていないか聞くのだった。

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「アナタは私の父がどういう人か知らないからいいのよ」
「山菱会の会長か何かなのかな?」
「もっと怖いかも」
「げ。
 じゃあ、どっちがいいの、腰が立たなくなるまでイかされるのと、お姫様のように丁寧に扱ってもらうのと?」
「腰が立たなくなるまでイかせて、お姫様のように丁寧にベッドまで連れて行って欲しい」
「わがままだなぁ」
「そうよ、私はそういう女よ。
 満足させてくれなかったら、この地球上から消えることになるから、覚悟して抱いて!」

 武田は正面から男根を突き入れ、喜美香の腰が浮くほど下から激しく突いた。

「そうよ、この感覚よ!
 あん、ミシミシ言ってる!」

<子宮口がペニスのクビレでいじられ、膣奥が亀頭で突かれる、この感覚が欲しかったのよ。武田さん、最高!>

「もっと突いて!
 お願い、武田さん、アタシを壊して、アタシのそこ、壊して!
 もっと突いて!」

 武田は播本との行為で、ほとんどのエネルギーを彼女に注いだが、今の喜美香は何かに憑りつかれたように快感を貪っていたため、彼女の敏感なところを攻め、全身から汗を拭き出しても腰を振り続けた。

「ウウ、イッグ、アァ、イグヨ、イグ、イグ、イッグゥ、アァ、テツヤ、出して、出してよ!
 たくさん、出してよ!」

<どうしたんだ、今日の喜美香?>

「おう、イくぞ、喜美香!」
「うん、来て、来て、来てぇ~!」

 喜美香は体をブルブルふるわせて達し、武田の背中に爪を立てて、自分の唇を強く噛んでいた。喜美香の体は震え続け、ますますきつく武田を抱き締めた。

「プハァ!
 凄かったわ!
 今夜はしてくれないかと思ったけど、きっちりイかせてくれたね!」
「いやぁ、喜美香、すごかったよ、最後の締まり」
「あれぐらいじゃないと武田さん出せないでしょ、他の子の後じゃあ?」
「そういうことを言わないの!」
「だって、さっき連絡した時、してくれないようなことを言ったから、とても悲しかったわ」
「ごめん」
「へへ、上書きセックス成功!」
「うう、やられたぁ!」

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 喜美香は明るく振舞った。実家にはお金と力がある。それを否定したはずの自分が月のうち1週間はそれを満喫している。しかし、東京では一介のホステスで、こうして自分との時間を楽しいと思ってくれる人がいる。

「ありがと」
「ん?
 イかせたから?」
「もちろんよ」

 喜美香は涙が出てきているのを誤魔化すため、上を向いた。武田の胸を押して、自分の中に深く刺さっている彼の男根を抜くよう促した。スポンと言う感じで男根は抜け、まだ若干上を向いていた。

「タフね!」

 武田は悪戯を見咎められた子供のように恥ずかしそうに頭を掻いた。

「これ、好きよ」

 喜美香は武田の男根を撫でながら、ガウンを羽織り、ウィンドーシルを降りた。
 武田は彼女の左手を取り、自分の左手を腰に添え、ベッドへと誘導した。

「眠ってもいい?」
「どうぞ」

<いやはや、嵐のような女性だこと>

「あ、今、アタシのこと、なんて自分勝手な女って思ったでしょ?」
「ん?」
「勝手に押しかけて、疲れていると言われても立たせて、自分はしっかりイって、そして眠たくなったから寝るって宣言するわがままな女って」
「君の地頭の良さにはいつも脱帽するよ。
 それとも、それは京大出身のなせるわざかな?」
「一族が全員京大だから、どっちもあるかな」
「すごいね、一族、皆、京大なんだ」
「はい」

 武田は先ほどの約束を忘れず、喜美香にきちんとガウンを着せ、ベッドまで抱えて行って、きちんと布団を掛け、おやすみのキスをした。

<父母のみならず、叔父は関西弁護士会の事務局長、姉も妹も、そしてそれぞれの結婚相手、つまり義兄も義弟も皆弁護士で、全員が京大出までは把握しているんだが>

 もともと喜美香がなぜ武田に近づいたのか分からなかったため、武田は組織の調査能力を使って銀座のホステス・喜美香の素性を調べていた。

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 そこで分かったのが喜美香の本名(小林千里こばやし・ちさと)、年齢(29歳)、父母(正義まさよし志宝子しほこ)、著名な先祖(関西急行鉄道の創始者・小林為三郎ためさぶろう)などだった。
 次女で自由奔放、はねっかえりで家業に興味なし、と思ったが、実際には繊細な感性の持ち主で、いつも誰かに構ってもらわないと不安で気持ちが押しつぶされてしまう淋しがり屋でもあった。
 武田が喜美香の顔を見ていたら、すぐに寝息を立て始めていた。

<こういうこともあっていいんじゃないかな、取敢えず。自分の命を狙っている女性ではないことは確かだから> 

 再び窓辺のラウンジチェアに体を横たえ、順に消えていくビルの明かりを見ていた。サイドテーブルに置いてあった携帯電話がブルッと震えたので、みたら、播本からお礼のラインが届いた。

ゆーとたー:遅くにごめんなさい。
 午前様になる前に帰宅できました!
 今日はありがとうございました。
 まだ見せていないですが、息子が
 プラトレイン、すごく喜ぶと思います。
tt:喜んでくれるといいですね。
 また、会いましょう。
ゆーとたー:また、会ってくださいね💖
 てつやらぶ😘💖
 おやすみなさいZZZ
tt:おやすみなさいZZZ

 こうやって播本は武田の心をしっかりと掴んだ。ダイナミックのセックスが好きな武田にとって、スタイルの良い女性が自分の上で腰を振って、大きな胸を揺らし、喘いで、達する姿は視覚的刺激が強く、独占欲をかき立てるに十分以上の効果があった。
 シングルマザーという点が不思議な効果を出していたのも、竹内陶子の時にも感じていた。

<あの時の声が大きいことに驚いたのは播本には内緒だな。いや、今夜は、この喜美香も普段よりも低い声で喘いでいた。どうしてだろう?気候?季節?体調?>

 はっと気が付いた時には既に喜美香が目の前に立っていた。

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