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田舎古民家に移住して人生再起を図った男「古民家くん」 ~吹きこぼし編(第2話)~

<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全15話ぐらいの予定です。

<登場人物紹介>
①奥野文也(おくの ふみや) 35歳
大学卒業後に普通の会社員になる。
32歳で結婚、35歳で家を買うが仕事や家庭に辛さを感じ悶々としている。
後に退職、離婚、新築の家を売却し、古民家を買って移り住むことになる。

②奥野牧子(おくの まきこ) 3〇歳
奥野文也の妻。旧姓は前田。
小売関係の会社員。

<ここから本編>

とある休日、文也はソファに寝そべって天井を見つめていた。

BGMのようにテレビをつけているが、何も耳には入ってこない。なんとなく今後の人生について考えていた。

会社に入り10年以上働いていると、自分の能力が分かってきて、今後どうなるかも大方想像できてしまう。

辛い辛いと言いながらもギリギリのところで続けてきた仕事である。定年までの30年間を推測すると苦悩しかなかった。

「あと30年も働くなんてゾッとするな・・・・」

そして次に考えるのが家庭のことであった。

とうの昔に好きではなくなった妻の牧子。平均寿命から考えるとあと50年は付き添わないといけない。

思い出すのは結婚式の準備の時である。

深夜に仕事から帰ってくると、翌日朝6時には起きなくてはいけない状況でも、結婚式の準備や打ち合わせで夜中の2時3時までケツを叩かれた。

共働きで経済力はあるのだから、お金で解決できるところは外注しようと提案しても

「こういうのは手作りが重要なの!」

と言って聞かず、手作り感満載の小道具を沢山平日の深夜や休日に作らされた。

確かに結婚式は立派な程度で終わらせることができたが、それと反比例して妻との心の距離は離れていった。

そもそも結婚式については、文也は元来そういう儀式や儀礼が好きではない性格ではあったものの、一つのケジメとしてせめてこじんまりとしたもので済まそうと提案していた。

しかし妻の母親の

「親戚、友人、会社の人、全て集めて盛大にやりなさい」

という意見が通り、大規模にやらざるを得なくなった。

こういう風に、何かとイベントがあれば口を出してくる牧子の母親、そしてそれを受け入れる牧子の姿があった。

仮に子供ができたら、また同じようにケツを叩かれ続け、イベントがあれば牧子の母親が口を出してきて事を大袈裟にしてくるのであろう。

「地獄・・・・」

文也は将来のことを考えるといつもこういう結論になっていた。

仕事は辛く、家庭も体を休ませる場所にあらず、3500万円の借金を背負っているのである。

せめて

「犬が飼いたいな」

と、ずっと思っていた。

物心ついた時からシベリアンハスキー2匹が家にいた文也は、犬が好きであった。

子供の頃は辛いことがあっても犬と触れ合うことでなんとなく帳消しになってきた気がする。

文也の眼には、地獄しか見えない将来にひと際輝く犬の姿が天井に映る。

元々、家を買ったのも犬を飼いたいという目論見があったし、牧子にもそう言っていた。

「今日牧子に改めて提案してみるか。」

そう言って、文也は夕食の準備をするためスーパーに出かけた。

夜の10時、牧子が帰宅する。

テーブルの上には文也の作った夕食が3品並ぶ。

文也としては、共働きで経済力はあるのだから外食三昧で良いと考えていた。

しかし牧子お得意の

「こういうのは手作りが重要なの」

という言葉により、いつの間にか自分が休みの日には手料理を振る舞わなければならない暗黙の了解が奥野家ではできていた。

しかも

「栄養バランスが大事だから、最低3品。レトルト禁止」

という縛りも追加されていた。

3品手作りで揃えようと思うとなかなか大変である。

レシピを調べ、材料を買い出しに行き、作り終わる頃には3~4時間は経っている。

食事が終わったら、皿洗いも文也の仕事である。

敏感肌で手が荒れやすい牧子のことを想って文也がやり始めたが、今ではそれが当たり前の光景になっていた。

皿洗いが終わり落ち着いたところで文也は牧子に切り出した。

「前から言ってように、そろそろ犬飼いたいんだけど」
「いや、ダメ」
「え、なんで」
「お母さんが犬なんか飼ったら子供が遅くなるじゃないって言ってたし、家も汚れちゃうし、何より」
「何より・・・・?」
「私動物アレルギーだから」
「何それ初耳」
「犬とか猫がいると痒くなるの。触ったりしたらもう大変なんだから」
「いやいや、俺前から犬飼いたいって言ってたじゃん。その時言ってよ」
「犬なんかより、私がいるから良いじゃん」
「ははっ」

文也は笑った。ただ、その目は笑っていなかった。

「分かった。この話はもういいや」

そう言って文也はテレビを見つめた。テレビを見ているものの、内容は頭に入ってこない。

仕事⇒辛い
家庭⇒辛い
借金⇒辛い
救世主の犬⇒ダメ

この構図が延々と頭を巡る。

文也は牧子に分からないように静かに、しかし大きく深呼吸して、気分を変えてテレビに集中しようとした。

牧子がコーヒーを淹れるためキッチンに行く。

「ちょっと!」

キッチンから大きな声が聞こえる。

「なにこの吹きこぼし!」
「吹きこぼし!」
「吹きこぼし!聞こえてる!?」
「吹きこぼしそのまんま!」

牧子がヒステリックに何度も声を上げる。

文也がスープを作ってた時に吹きこぼしたが、その時はIHが熱かったので後で冷めてから掃除しようとして忘れていたのだった。

「ああ、忘れてた」
「吹きこぼし!」
「あのさ」
「吹きこぼし!吹きこぼし!吹きこぼし!」

プツン。

文也は心の紐が切れるような感覚を受けた。

「・・・・だからさ」
「吹きこぼし!」
「・・・・だからなんだよ」
「吹きこぼし!汚い!」
「・・・・」

牧子が喚き続ける中、文也は無視して階段を上がり寝室に入った。

『人間関係では、考え方や価値観の違いがあっても、お互いに向かい、話し合って調整し妥協点を見つけることが肝要である。』

何かの本でこんなことを読んだ記憶がある。
そう頭では理解していても、なかなかどうしてできないのが人間である。
少なくともこの時の文也には、到底そんなことは無理な心境であった。

吹きこぼしの件以来、文也は牧子と会話することをやめた。

家に帰れば無表情で、牧子を避けるようにすぐに寝室に入って全く出てこない。

当然のように夕食も作らなくなったし、牧子が休みで夕食を作る日でも、要らないと断った。

なるべく家に帰りたくないので、会社に寝泊まりすることを始めたり、牧子が寝る夜中の2時以降まで外で散歩し、家の明かりが消えたのを確認してから帰宅するようになった。

そんな生活を1ヶ月もした頃、流石に事態を重くみた牧子が文也に話し合いの場を設けるよう提案した。

続く

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