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田舎古民家に移住し人生再起を図った男「古民家くん」~古民家を買う編(第9話)~

<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全15話ぐらいの予定です。

<本編>

文也はリビングのソファで横になり天井を見つめていた。

考えていたのは、今後の住居をどうするか、である。

なかなか結論は出ない。

コーヒーを飲みながら、壁掛けテレビでYOUTUBEを観ることにする。

70インチのこのテレビは大き過ぎると言って、牧子は持って行かなかった。

改めてテレビを見ると、ほんの微妙に斜めになっていて、確かに気になる人は気になるかもしれない。

そんなことを思っていると、スマートフォンのバイブが鳴った。

文也の兄からの着信だ。

「もしもし」
「よう久しぶり。お前、親から聞いたぞ」
「聞いたって、何を?」
「会社辞めて、離婚して、家売るんだろ。大変だな」
「大変・・・・ねえ」

大変と言われても、文也にその実感はあまり無い。
渦中にいる側からすると、これが普通の感覚というか、処理しなければいけない問題としか考えていなかった。

「なんか親も、爺さん婆さんも『文也は大丈夫なのか』って感じになってるみたいだぜ。つっても俺は『今更何を』と思うけどね」
「今更何をって、どういう意味で?」
「いやだってお前、そもそも小学校の頃、支援学級に行くか行かないかの知恵遅れだったんだから。それなのに大学行って、会社入って、結婚したなんて、奇跡みたいなもんだ」

文也にとっては忘れていた、というより消していた記憶と言う方が正確かもしれない。

確かに、小学校と中学校では全く授業に付いていけず、ずっと窓の外を見ているか寝ているシーンばかり思い出される。

小学校といえば毎日のように一人残され、補講を受けさせられていた記憶しかない。高校も地域で最低ランクのところに進学した。

ただ高校3年の時に一念発起して、一浪しながらもまあまあの大学には入れた。しかしその時の受験科目であった現代文、英語、日本史以外については『小学生レベル』でしかない自覚もあり、コンプレックスであった。

小学校で習うはずの文字の書き順は滅茶苦茶で、人前で文字を書くと必ず指摘を受けたり笑われたりして、それが煩わしかった。

「・・・・まあ、確かにそうだったけど、成長とともに追いついたんじゃないの?なんか誰かからそう言われた気がするけど」

「そんなわけあるか。親が慰めで言ったと思うぜ。『幼少期の異常は一生もの』だ。精神科医の俺が言うんだから間違いない。お前、多分発達障害だろうな。」

文也の兄は精神科医である。

「え、そうなの」

「ああ。それを努力でカバーしてきただけだろうな。だから親が今更大丈夫か、大丈夫かって言ってるのが俺には笑えてな。多分お前が普通に大学行って、会社入って、結婚したから、いつの間にかお前を普通の人間だと思い込んでしまったんだろう。」

「はあ・・・・」
「まあ要するにだ。お前は"いるべきところに戻った"だけだから、悲観することはないってこと。まあ自分の基準でテキトーに生きろよ」

文也の兄は頭がズバ抜けて良かったが、こういうセンセーショナルな内容を真正面からぶつけてくるところがあった。兄なりの慰め目的で電話してきたのだろうが、全く慰めになっていない。

が、内容は本質的であり、その一方で夢も希望もない話でもあった。

「はい、分かった、ありがとうね。また何かあったら電話するから」

世間話をある程度交わして、電話を切った後、文也は過去を思い返していた。

会社員の頃の異常なほどのミスの多さ。

家に帰っても、休日でも、常に仕事のことを考え、研究をしなければ付いていけなかったこと。

自分がかつてヒイヒイ言いながらこなしていた仕事を軽々とこなす部下の姿。

そして仕事とプライベートをしっかり両立している人達が超人にしか見えなかったこと。

全て合点がいく。

「いるべきところに戻った」

という言葉が延々頭を巡る。




文也は自室に戻りパソコンで発達障害について細かく調べた。発達障害当事者のブログなどを読むと、なるほど共感しかない。そんな感じでインターネットを延々漁る。

昼から調べ始め、気付いたら深夜になっていた。

情報の海の中で辿り着いた先は、田舎古民家に移住してゆったり暮らしている人達のコミュニティだ。そこには沢山欲しい情報が転がっていた。

田舎であっても、今はネット通販が普及していて、物の入手には困らない。ネットを介した仕事もあるにはある。そして古民家の価格は、驚くぐらい安い。一度家を買ってしまえば、住居費が無くなる分、毎月の支出はかなり低く抑えられる。

「これしかないだろ!」

そう思い、今度は全国の古民家を探し始める。

自分が発達障害かどうかよりも、住居探しの方が大事だった。
このままいけばホームレスである。

気付けば、朝になっていた。



住んでいる家の退去日まであと一カ月。

文也は車で12時間ほどかけ雪国に来た。古民家の内覧のためである。

無職なので有料道路は使わない。

人生初の雪が降る山道の運転は、何度か神に祈るしかない状況に遭遇し、お金を使いたくないからといって下道を選んだ自分を呪った。

市街地に来ても、道路に積もった雪で車線が見えないことに驚いた。

「雪が降る地域は古民家が安いぞ!」

ということを発見し物件の価格だけで判断してここまで来たが、目の前の白銀世界を眺めると不安でしかなかった。

しかし、もう時間的にここで決めないと、1っカ月先にはホームレスである。

「なんとか良い物件に出会えますように・・・・」

文也は神に祈ることが多くなっていた。

内覧予定は全部で3件。

1件目は山奥の古民家。
まず積雪が胸の高さまであり、立ち合いの不動産業者の営業マンと雪をかき分け、家の中に入るまで30分掛かった。
家の程度も悪く、ここで自分が暮らす姿が想像できない。
数十年ぶりに見たボットン便所にも拒否感があった。

2件目は駅から近い築年数不明の古民家。
といってもその駅は最果ての駅である。
ここも積雪が凄まじく、スコップ片手に敷地に入っていくしかなかった。
家はかなり古く、もしかすると江戸時代からのものかもしれない。
テレビでしか見たことのないような立派な家屋である。
なかなか格好良いとは思ったが

「この家ね、かなり傾いているんですよ」

営業マンがさらりと言う。

「ただね、ここらへんの床ほじってね、柱をジャッキアップして石を置いたら直りますよ」

営業マンが簡単に言う。

「まあ、そのぐらい自分でできる人じゃないと、この家とは付き合っていけないと思いますよ。ダメなところなんて山ほどありますから。全部業者に頼んで修理してたら1千万円から2千万円ぐらいは軽く吹っ飛ぶでしょうね」

これが築年数不明の古民家を買うということの現実だった。


3件目は海から比較的近い築60年の古民家。
土地面積300坪と、庭がかなり広い。
家屋内は残置物は多かったが、割と立派な造りで、水洗トイレというのも良かった。

ネットで見た時の価格は予算外で買うつもりは無かったが、せっかく遠くまで行くんだからと記念に内覧を予約したところである。

「売主さん、さっさと手放したがってましてね。なんなら値段交渉したら下がるかもしれませんよ」

不動産の営業マンが言う。

「はあ、いくらぐらいまで下がりそうなんですか」
「んー、多分ですけど・・・・」

営業マンの言った価格は、ネットで掲示されていた価格の5分の1だった。そうなると予算内に収まる。

「それなら売主さんに交渉お願いします。その価格なら買います」
「分かりました」

そう言ってその日は別れ、漫画喫茶に泊まった。

翌日、3件目を案内した営業マンから交渉成立との電話が有り、文也は購入を決意した。


「買います」


続く

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