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田舎古民家に移住し人生再起を図った男「古民家くん」~家を売る編(第8話)~

<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全15話ぐらいの予定です。

<登場人物紹介>
①奥野文也(おくの ふみや) 35歳
大学卒業後に普通の会社員になる。
32歳で結婚、35歳で家を買うが仕事や家庭に辛さを感じ悶々としている。
後に退職、離婚、新築の家を売却し、古民家を買って移り住むことになる。

②奥野牧子(おくの まきこ) 3〇歳
奥野文也の妻。旧姓は前田。
小売関係の会社員。

<ここから本編>

市役所から帰ってきた文也。

リビングにいた牧子に言う。

「離婚届、受理された」
「そう。・・・・ところでこの家はどうするの」
「さあ、まだ考えてないけど、売れるなら売る」
「あ、そう」
「なんか他人ごとに言うけどさ、もし売って残債出たら折半してよ」
「・・・・残債って、いくらぐらいになるの」
「家を査定に出してみないと分からないけど、多分相場2000万円台後半じゃないの。だから大体800万円ぐらいは借金が残るかもしれない。」
「400万円負担しろってこと!?」
「もしかしたらだけど」
「・・・・ちょっとお母さんに電話する」

牧子は自室に消えて、電話をしているようだった。

20分もしただろうか。牧子がリビングに戻ってきた。

「あたし、というかお兄ちゃんがこの家買うかもしれない」
「はあ・・・・?」
「ただ、お兄ちゃんの住宅ローン組めるか分からないから、それ次第だけど」

牧子の兄はサラリーマンで独身。実家住まいで支出が少ないからか高級外車を乗り回し、羽振りは良かった。
妹想いの性格ではあったのは知っていたが、妹のために家まで買うとは、完全に文也の想定の外であった。
もしかすると牧子の両親が肩代わりしたかったのだろうが、年齢的に住宅ローンは組めないので、長男の名義で住宅ローンを借りるのかもしれない。

前田家が3500万円で買うのであれば、残債のリスクは無くなる。
文也にとっては好都合であった。

「分かった。ただ俺は俺で査定は進めるから」
「はい」

文也は手当たり次第の不動産業者とコンタクトを取った。

その内、1社の営業マンが食いついた。

「ちょうどそこの地域で中古住宅を探しているお客さんがいるんです!」
「え、本当ですか」

物凄い運である。

事は円滑に進んだ。

不動産業者は一通り文也の家の資料と売却希望金額を確認した上で、早速内覧を段取りした。

内覧に来たのは若い夫婦であった。

営業マンと若夫婦、文也で全室を見て回り、質問があれば文也が答えた。

若夫婦はかなり気に入ったようだ。あとの問題は、金額である。

若夫婦が帰った後、営業マンだけが残り、文也と打ち合わせした。

営業マンが言う。

「ぶっちゃけ、3800万円なら買うと言ってます」

3800万円というのは、ローンの残債と不動産仲介料、諸々の手数料等を入れて営業マンと文也で決めた額であった。

これなら残債どころか、手元に200万円が残る。

すぐにでも売りたいところであったが、牧子の兄の住宅ローン審査を進めてしまっている。

「分かりましたが、ちょっと例の、妻の兄の件があって、一旦確認します」
「うーん・・・・若夫婦さん、気が変わるかもしれないので早めにお願いしますよ」

営業マンは帰っていった。

その夜、文也は牧子と話した。

「今日内覧来た人、3500万円で買うって言ってた」

文也は嘘を付いた。

「あ、そう・・・・」
「そっちの住宅ローン審査はどうなったの。できるのなら早く売りたいんだけど」
「ちょうど今日連絡があって、審査落ちたって」
「じゃあ、今日内覧来た人に売るから」
「分かった」
「その若夫婦さん、買うなら3か月後には入居したいって言ってるから、遅くとも2カ月後までに出ていってよ。その後の色々は俺がやるから」
「・・・・分かった」

話し合いは終了した。

文也は自室に戻って不動産業者に電話し、3800万円で若夫婦に売ることを伝えた。

これで、手数料等を除いても200万円が文也の手元に残ることになる。

1カ月が経って、牧子の引っ越し日になった。

この日、文也は朝から外出していた。

引っ越し作業の騒音が嫌なのと、牧子の顔を見たくなかったからだ。

そういうわけで最期の別れの挨拶はなく、牧子は去っていた。

牧子がどこに引っ越したかも文也は知らない。

家にある家電という家電は全て牧子に譲渡した。文也にとってのせめてもの餞別でもあった。

そしてここで文也が忘れていたことがあった。

自分の両親のことである。

会社を辞めたこと、離婚したこと、家を売ること、全て伝えていなかった。

文也の両親は放任主義というか、「早く出ていけ」という風に子育てをしていたので、文也は自立心は高くなったものの、全く親を顧みないようになっていた。

流石に離婚のことは両家の話だから伝えないとまずい。実家に電話を掛けるのは何年振りだろうか。

そもそも、大学入学を機に上京してから、実家に帰ったのは片手で数えられるぐらいだった。

事務的な趣で文也は実家に電話を掛けた。

「はいもしもし」

出たのは父親であった。

「あ、俺、ふみだけど」

文也は退職から今までの経緯を簡単に話した。

「本当か。お前なー。そういうことは先に言えよ」

と父親は言ったが、先に言ったところで文也はアドバイスなど一切聞かなかっただろう。

父親と話しながら、また文也は大事なことを考えてなかったことに気付いた。

自分の今後の住居である。

実家は絶対に嫌だった。この歳で親の監視下に入ることは自分としては許されなかった。

また、転職せずにブラブラしている息子を放っておくほど経済的に余裕がある両親でもない。

恐らくこの親の元にいたら、毎日「早く転職しろ」と言われ続けてノイローゼになることは必至と考えた。

父親との電話を切り、文也は今後の住居について考えを巡らせる。


続く

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