<バズらせ屋の陰謀>ショートショート
平日の真昼間から音我隙太(おとがすきだ)は酒を飲んでいた。
高校を卒業してからというものの、音楽で食っていきたいと思い、オリジナル曲をYOUTUBEに投稿する日々を続けていたが、一向に再生数が伸びない。
もう2年間は投稿し続けただろうか。再生数は良くて100回、大体は10回とかその辺だ。
もう音楽で食っていく夢は砂粒程度になり、就職という言葉が頭の中を蚊のように飛んでおり、そんな憂鬱とした気分が彼を酒漬けにさせていた。酒をグイと飲んで、なんとなく天井を見つめる日々である。
ふと音我隙太がスマホに目をやるとSNSにメールが来ていた。
「はあ、どうせ・・・・」
音我隙太はメールが来てもその心は微動だにしなかった。
彼に来るメールと言えば
・両親や兄弟からの生存確認
・ネットビジネスの勧誘
・友人の結婚式の誘い
の3つが主だった。
溜息をしながら新着メールを覗く。
馬図羅瀬(ばずらせ)という者からのメールだった。
メールの内容はこうだ。
『初めましてぇ。君の音楽をいつも聴かせてもらっているよぉ。君には才能がある。ただしマーケティングが弱過ぎるぅ。もし売れたい気持ちがあるなら一度会って話さないかぁ』
音我隙太は驚いた。
「おっと、なんだこれ。」
思わず上半身を起こした。
「しかし、こういう詐欺もあるんじゃないか」
酒を飲むのをやめ、コーヒーを入れて一旦落ち着こうとする。
「マーケティングか・・・・。確かにそこが弱かった気がするし、一度会ってみるのも悪くないんじゃないだろうか」
そう言って、馬図羅瀬と数度メールのやり取りをし、後日喫茶店で会うことにした。
*
馬図羅瀬との約束の日、音我隙太は喫茶店の前に着いた。
店に入ると手を挙げてこっちこっちと誘う男がいる。
男は馬図羅瀬と名乗った。
「どうも、初めましてぇ!よろしくぅ!」
馬図羅瀬は40代のように見える。髭をたくわえ、いかにも業界人といった風貌だった。
話し方もどこかノリノリな感じである。
「こちらこそよろしくお願いします」
「まあまあ座ってぇ。コーヒーで良いかなぁ?」
「はい」
「しかし君の音楽は本当に素晴らしいぃ。あと一手間加えれば抜群に伸びるはずだよぉ」
ニコニコしながら音我隙太の音楽性を褒める。
コーヒーを飲みながらあの曲はこうだ、この曲はこうだと感想を述べていた。
音我隙太としては、ネットに音楽を投稿をしていただけで、こうやって直接に感想を言われる経験はほとんどなく、嬉しかった。
そんなことを30分程度続けてから馬図羅瀬の顔が真剣になった。
「ところでぇ・・・・」
「え、はい」
「私はバズらせることを商売としてましてねぇ」
「はい」
「単刀直入に言うぅ。君のSNSフォロワーを爆発的に増やして見せようぅ」
「そんなことができるんですか?」
「君の持っている音楽性ならできるぅ。ただしぃ、フォロワーを1人増やすごとに10円をもらいたいぃ。1万人なら10万円だぁ。10万人なら100万円。フォロワーが10万人もいたら金策なんてなんでもできるぅ」
「確かにその価値はありそうですけど、どうやってやるんですか」
「それは企業秘密だぁ。どうだ、乗るかぁ」
「乗りたいところですけど、僕はどうしたら良いんでしょうか」
「君は何もしなくて良いぃ。今まで通り音楽をYOUTUBEに投稿してぇ、SNSではテキトーに呟いていて欲しいぃ」
「はあ、分かりました」
「一応契約書も結ぼうぅ。伸びてから逃げられたらこっちも困るからねぇ」
こうして音我隙太と馬図羅瀬のフォロワー増加契約は完了した。
*
―翌日
「うわ!なんだ!」
音我隙太がSNSを立ち上げるとフォロワー数が異様に伸びていた。
昨日まで600人程度だったのが、5000人になっている。
ということは差し引き4400人の増加ということで、4万4千円になる。
この額には正直心臓がバクバクしたが、音我隙太もバイトをしていてひたすら貯金していたので払えない金額ではない。
正直100万円ぐらいはすぐに出せる。
「いやしかし本当に伸びるんだな」
そんな時、馬図羅瀬からメールが入った。
『色々やってとりあえず5000人まで増やしておいたよぉ。まだまだこんなもんじゃないぃ。』
馬図羅瀬はまだまだいけると言っている。
音我隙太は一旦支払いのことは忘れ、毎日のフォロワー数増加をワクワクしながら待つことにした。
―1週間後
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
SNSのフォロワー数を確認すると大変なことになっていた。
「フォ、フォロワー数100万人!?」
見たことのない数字に音我隙太は手が震えてスマホを落としそうになった。
ためしにどうでも良いことを呟いてみると『いいね』が一気に1万は付いた。
異次元であった。
自分のYOUTUBEの動画をSNSに投稿すると、あっという間に10万回再生された。
「インフルエンサーはこういう気分なのか・・・・」
自分のやることなすこと、全てが万単位の人間から称賛される。
最高の気分と表現するしかなかった。
ただ一方で気になるのは馬図羅瀬に支払う金額である。
「100万人フォロワーということは、1000万円じゃないか。払えないぞ」
馬図羅瀬からちょうどメールが来た。
『100万人フォロワーおめでとうぅ。しかし、君は1000万円という大金を払えるのかぁ』
音我隙太が返信する。
『嬉しいんですけど、払えません。100万円ならあるのですが』
『ふむぅ。フォロワーを今から1桁減らすのは無理だぁ』
『どうすれば良いですか』
『契約書に書いてあるんだがぁ。支払いが無理な場合は君のアカウントを貰うぅ』
『え、そんな!』
『1000万円払えないだろぉ?君はもう私にアカウントを譲渡するしかないんだぁ』
『は、はあ分かりました』
『まあ君は実力でいつかバズると思うよぉ。私が保証するぅ!』
こうして音我隙太はインフルエンサーアカウントを馬図羅瀬に譲渡した。
文字通りの三日天下だ。
しかし音我隙太はやり方によっては自分でもフォロワー100万人を抱えるインフルエンサーになれることを実感し、一から出直すこととした。
一方の馬図羅瀬はここでは終わらなかった。
馬図羅瀬の手元にはフォロワーが100万人のアカウントが100個ある。
つまりこれらのアカウントを巧みに使い、弱小アカウントのフォロワー数を劇的に増やすという手法であった。
この100個のアカウントを、貧しいが素晴らしい才能を持つ音楽家達にタダ同然で配って回った。
貧乏だが才能のある音楽家達が100万アカウントに自分の曲を貼れば、すぐに全世界へ拡散されるのである。
こうして世界中のインターネットに素晴らしい音楽が連日連夜響き渡ることになった。
馬図羅瀬はこのネットの景色を見ながらウィスキーを喉に流し込む。
「音楽ってぇ、最高ぅ・・・・」
「おっとぉ、そろそろ人間界での遊びはここまでかなぁ」
馬図羅瀬はそう言うと天空に戻っていった。
天空での彼の名はアポロン。
ギリシャ神話の音楽の神様である。
たまに暇つぶしで地球の音楽を盛大にバズらせに来る。
完
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