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田舎古民家に移住し人生再起を図った男「古民家くん」~漫画描こうぜ編(第14話)~

<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全20話ぐらいの予定です。

<本編>

文也は無意識のうちにぽこたんを求めてボイスチャットに入ったが、ぽこたんは来ない。

ぽこたんが来るのはいつも夜の8時から9時ぐらい。

まだ夕方であった。

頬杖を突きながらスマートフォンをしばらく見つめた。

そんな時、チャイムが鳴った。

誰か来た。

「ごめんくださーい!」

玄関から大きい声が聞こえる。

急いで玄関を開けると、そこにいたのは区長だった。

「いやあ、すんませんねえ!」
「あ、いえ、どうしました?」

区長は70歳ぐらいだが、バイタリティのありそうな色黒の老人だった。
文也が話すのはこれで2回目だ。引っ越してきた時に少し話した程度だが、なんにせよ声が大きいのが嫌だった。

「いやねえ奥野さん、それにしても雑草が凄いねえ!」
「はあ・・・・」
「あのねえ!雑草を放置してると景観が悪いし、何より虫や蛇が寄ってくるんですよねえ!」

今玄関で二人だけなのだから、そんなに大きい声で話さなくても良いだろう、と思いながら文也は続きを聞いた。

「まあ正直ね!私は良いんですけど!ちょっと嫌だって人もいるみたいなんだよねえ!」
「あー、雑草をどうにかしろって話ですかね」
「はっはっはっは!まあ!そういうことですわな!」
「うーん。先日ちょっと草刈り機買って作業したんですけどね、なんか石もあるし、広いわで困っちゃって」
「そうだねえこの家広いからね!前の家主も大変そうだったよ!いやまあここだけの話、全部なんて言わないから!見えるところだけ、やってる感じ出しちゃったりしてね!」
「はあ」
「まあちょっとそういうことでよろしく頼みますよ!じゃ!すんませんお邪魔しました!はっはっはっは!」

区長は片手をひらひらさせながら去っていった。

見えるところだけ、と言っても、それでもかなりの広さがある。
家の中に入ってくる蔦さえ除去してしまえば自分としてはどうでも良かったのに、面倒な仕事が増えてしまった。と文也は思った。

ふう、とため息をして自室に戻る。

机の上に置いたままだったスマートフォンを見ると、猫のアイコン画像が見えた。

「お、ぽこたんだ!」

すぐに椅子に座り、話しかける。

「あーぽこたん、すんません来客で席外してました」
「ああ、そうなんですね。何回も話しかけちゃいましたよ」
「いやあ、なんか区長が来て草刈りしろって言われちゃいまして」
「草刈りですか。うちは狭いので大したことないですけど、文也さんのところは大変でしょう」

そんな雑談を交わしながら、文也は本題に入る。

「それにしても、動画サイトにアップした曲、全然ですよ」
「ああ、再生回数ですか」
「そうです。1週間で50回だけですもん」
「いい曲だとは思いましたけどね。確かに1年間ガチでやってた感じのクオリティでしたし。ただまあ、妥当と言えば妥当なのかもしれません」
「はあ、妥当ですか」
「今は有名アーティストも当たり前のように動画サイトに自分の曲を出してますから。もはや無名な人達だけでなく、プロも沢山混ざってる土俵なんですよね」
「言われてみればそうですね」
「文也さんが音楽を作るって言うから、僕もちょっと気になったんで動画サイトの音楽界隈を調べたんですけど、正直キツイと思います。」
「やっぱそうですよねえ」

文也は本当にキツイと思った。
久々に作ったからかなり時間が掛かってしまったとはいえ、150時間かけたものが50回しか再生されないのだ。
動画サイトで認知を得るには継続が大事とは言うが、もしまた100時間以上も掛けて似たような結果になったらと思うと、2曲目すら作る気になれなかった。

「それに」

ぽこたんが続ける

「動画サイトはあくまで動画メインですからね。事実を言ってしまえば、文也さんのは一枚絵に歌詞を載せてるだけの状況です。プロでさえもPVを付けてますから、全く勝負にすらなってないとは思います。」
「ですよねえ。動画かあ・・・・無理だな・・・・」

音楽部分でも100時間は掛かると言うのに、動画も凝ったものを作ってたら月に1本出せるかどうかである。
認知される前に貯金が尽きる未来しか見えない。
しかし、流石ぽこたんは色々と分析している。

「現実って厳しいですね。どうしようかなあ・・・・」

文也が力なく言う。

「ふむ。・・・・あ、そういえば」
「うん?」
「文也さん、ちょっと前にSNSにイラストをアップしてましたよね」
「ああ、そういえばそうですね」

文也は音楽制作の途中、息抜きで某漫画キャラクターの模写絵を1度だけアップしていた。

「あれ、結構うまかったと思いました」
「ありがとうございます」
「次はイラストなんかはどうですか?」
「イラストって、稼げるイメージが無いですけど」
「ふむ、まあ音楽より可能性は高そうだと思います。実際、クラウドソーシングなんかでは音楽の仕事は極少数ですけど、イラスト関係の仕事は少なくとも音楽の100倍はありましたよ」
「え、そうなんですか」
「それでもライバルは多いですけど、イラスト関係の中でも漫画なら母数はギュっと狭まるみたいです」
「ほうほうほう・・・・」

ぽこたんのリサーチ力には閉口するだけであった。
漫画。そういえば小学校の頃に自作漫画を少し描いたことがあったが、誰にも読んでもらわずに封印した気がする。
それがまさか30代後半になって漫画を描くかどうかを考えるなんて。
人生よく分からんな、と文也は思った。

「音楽の時と同じように、試しにやってみるのも良いんじゃないですか」
「悪くないですね」

その後、文也とぽこたんは話しながら漫画界隈の現状をインターネットで調べ合った。

なるほど。

漫画というのはシナリオ作成やコマの割り方など、完成までに必要な要素が一枚絵より格段に増える。
映画で言えば、監督、脚本、証明、カメラマン、スタイリストなどを全部ひとりでやるようなものである。
その分ハードルが上がり、作り手が当然少なくなる。
需要についても、最近では動画サイトで漫画形式の動画をアップしている投稿主が多く、依頼も多いようだ。
SNSで跳ねれば自己出版でもそれなりの収入が得られる、かもしれない。

確かにぽこたんの言う通り、音楽よりは市場が開かれている感じがある。

「うーん、漫画、良いかもしれませんね」
「でしょう」

文也は勢いに任せてその場で液晶タブレットを通販で買った。
1ヶ月分の生活費と同額の投資だ。

「え、買ったんですか」
「こういうのは勢いが大事なので」
「いやあ本当に行動が早い」

2日後、文也の家に液晶タブレットが届いた。

文也は一通りイラスト作成ソフトを触ってみて、なんとなく描き方を覚えた。

いきなり数十ページも描くのは大変と思い、何個か4コマ漫画を作りSNSにアップしてみる。

反響はどうかというと

「おいおいマジか・・・・」

有名インフルエンサーとまではいかないが、弱小アカウントの自分では経験したことがないぐらいに沢山の人に読まれた。

「これは、いけるんじゃないのか?」

夜を待ってぽこたんにも感想を聞く。

「うん、これは面白いです。続けていけば跳ねるかもしれませんね」

その言葉を聞いて、なんとなく光が差した気がした。

その日から、文也は寝食を忘れ漫画を描き続けることになった。



続く

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