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田舎古民家に移住し人生再起を図った男「古民家くん」~移住編(第10話)~

<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全15話ぐらいの予定です。

<本編>

3階建て、オフホワイト色の家を退去する日になった。

文也は引っ越し業者に荷物を預け終わり、これから銀行に向かう。不動産売買契約を行うためである。

「この家を見るのも最後か」

出発の前に自分の住んでいた家を少し離れたところからしばらく見つめた。

この家に良い思い出は一つも無かった。

買った時は4000万円もしたが、4000万円分の幸せなど微塵も感じられなかった。

文也は車に乗り込み、エンジンを掛けた。

銀行の一室に集まったのは、買い主の若夫婦2人、銀行員1人、不動産業者2人、司法書士2人、そして文也の8人だ。

この大所帯が狭い会議室に押し込められた。

家を買った時もそうだが、不動産売買契約の場はなんとも言えない緊張感がある。

一般人にとってはまず自分の目では見られない大金が動く場であるから、当然かもしれない。

若夫婦はバッチリスーツを着込み、緊張しているのが明らかに分かった。

一方の文也はパーカーにサンダル、髭面で、全員がスーツの中、その場から浮いていた。

不動産業者の司会で売買契約は進む。

買い主から文也の口座に3800万円が振り込まれたが、その内の3500万円は文也の住宅ローン銀行から一瞬で抜かれた。

当然だが、銀行も抜かりない。ものの数秒であった。

100万円を不動産業者に払い、残るのは予定通りの200万円である。

契約は終わり、買い主の若夫婦がニコニコしながら文也にお礼を言った。

「この度はどうもありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ」

若夫婦の目は輝いているように見えた。

聞いた話では、若夫婦は3人目の子供ができたから、今の家では手狭になって、広い中古住宅を買い求めていたらしい。

文也からすれば、どこからそんな元気が湧いてくるのだろう、としか思えなかった。

自分には到底真似できない。そんなことを考えながら、銀行を出た。

次に向かう先は、1か月前に行った雪国である。

―雪国

案内された不動産業者の事務所は、昭和と煙草の香りが漂っていた。

誰がどう見ても個人経営の不動産屋である。

売主、不動産屋、文也の3人でボソボソと売買契約が進む。

文也にとっては人生で3回目の不動産売買であり、もはや緊張感は無かった。

売買契約が終わると売主が元気な声で言った。

「いやあ本当、ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ」

そういえば昨日も同じことを言われたな、と思った。

さぞ売り抜けて嬉しかったのだろう。しかし売主がそれほどまでに手放すのが嬉しい家である。文也は少し不安になったが、四の五の言ってられない状況でもあった。

鍵を貰い、これから人生を共にする古民家に向かう。

市街地から30分ほど車を走らせたところに文也の新居はあった。

田園地帯が広がる集落、の中の一軒家だ。

貰った家の資料を見ながらぐるりと家の外と中を回って、改めて状況を整理してみる。

・電気は使える
・水は井戸水だが、ポンプが壊れて動かない
・ガスはプロパンを使ってた形跡があるが、管が壊れている
・灯油タンクがあるが、これも管が繋がっていない
・ネット環境は無い

要するに、使えるのは電気だけであった。

家の中も残置物だらけで広いスペースは廊下しかなかったが、その廊下も数日後には文也の引っ越し荷物で埋まることになる。

家じゅうがカビくさいし、どこを触っても埃まみれだ。

「ここで寝泊まりするのか・・・・」

内覧の時はそこまで感じなかったが、いざ今日から住むという目線で見ると、なかなか酷い状態であった。

「雨風しのげるだけマシか・・・・」

と思うしかない。

とにかく、自分の寝る場所だけは綺麗にしたいと思い、途中のドラッグストアで買った除菌ウェットティッシュで比較的残置物の少ない仏間を拭き掃除した。

壊れたりして使えないインフラについては、スマートフォンで業者を探し、明日以降に来てもらうことにした。

そうこうしているうちに日が暮れたが、夜になると家の外は真っ暗である。

そして、古く、ボロく、残置物が多いこの家は、お化け屋敷にしか思えない。

「なんとなく、精神衛生上ここで寝たくないな・・・・」

文也は車の中に置いていたテントを家の中で広げ、しばらくはそこで寝ることにした。

テントの薄い生地が、何かから守ってくれるような気がしたのである。

これまでの人生、ずっと現代的な建物で、現代的な生活を享受してきた文也にとっては、違和感の塊のような家だった。

そして同時に押し寄せる孤独感。

そういえば退職してからの半年間、まともに人と話していない。

思えば会社に入ってから13年間、全国を転々とし、会社と家を往復するだけの振り子のような生活をしていたので、人とのつながりは仕事からの派生でしかなかった。

その仕事を辞めたため、現在の人間関係は無いも同然である。

「人と話をしないと・・・・」

寂しいのはもちろんだが、人と喋っていないと脳が退化するのではないかと思った。会社員の頃、長期連休中に人と喋らない生活を送っていると、連休明けに呂律が回らなかったことが思い出される。

「そういえば」

スマートフォンを取り出し、文也が古民家を買う契機となった例の田舎古民家コミュニティのサイトを開く。

確かボイスチャット機能もある

「ここで人と話せるじゃないか。」

文也はボイスチャットを使ってみた。



続く

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