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<注文をしっかり取る料理店>ショートショート

昼間、僕は空腹であった。

自転車で山を越えようとしていたが食事できる店が無い。
道路は延々と森だけの景色が続く。
そんな中、白く目立つ洋館が見えた。

看板は無いが、窓から中を覗き込むと、雰囲気から料理店であることは分かる。

颯爽と店内に入った。

「いらっしゃいませ」

シャツに蝶ネクタイの、いかにもな服装の男性店員が案内をしてくれる。

「当店は注文をしっかり取らせて頂きますのでご注意下さい。」
「注文をしっかり取る?、どういうことですか」
「・・・・ではどうぞ」
「あれ、聞いてる?」

店員は僕の質問を無視するかのように席に案内した。

「こちらがメニューでございます」
「はあ、なんか長いな」

メニューを読むと、3種類だけであったが、なんだか名前が長い。

『醤油ラーメン-うわあああああああ、うわわわああああぁぁぁあっーー!!!』

『塩ラーメン-ふううwwwwふぅっwwwふうううううううwwwww!!!』

『味噌ラーメン-ぬふ・・・ぬふふ・・・・ぐひ・・・ぐひひひぃぃぃぃ!!!』

「なんだ、ラーメン店だったか」
「そうです、当店は注文をしっかり取るラーメン店です」
「なんかラーメンの文字の後ろがよく分からないんだけど」
「それがうちのラーメンの正式名称です」
「はあ、変わってますねえ。じゃあこの醤油ラーメンを」
「・・・・」

僕は注文を言ったが、店員が黙ったまま動かない。

「え、何してんの醤油ラーメンを頼むよ」
「あの、困ります」
「何が?」
「正式名称を言って頂かないと」
「醤油ラーメンで分かるでしょ」
「いえ、万が一間違えたらいけませんので、うちでは正式名称を言って頂くことにしております」

「はあ・・・・?」
「これが注文をしっかりとるということです。正式名称をお願いします」
「分かった言うよ。醤油ラーメンうわー、をよろしく」
「足りませんね」
「え、何が」

「強いて言えば迫力ですかね。メニューにはもっと感情を表現して書いてます。うわー、ではちょっと足りないです」
「分かったよ、醤油ラーメンうわああああ! これでどうだ」
「まだ足りませんね」
「いやもうこれ以上は恥ずかしいよ」
「うーん困りましたね・・・・」

僕と店員でグダグダやっていると、2人連れの客が入ってきた。

「ちょっとお待ちくださいね」

店員は僕を置いて、別客を席に案内し、注文を取り始めた。

「注文は如何いたしましょう」

「じゃあ私は醤油ラーメンうわあああああああ、うわわわああああぁぁぁあっーー!!!」

「えーと私は味噌ラーメンぬふ・・・ぬふふ・・・・ぐひ・・・ぐひひひぃぃぃぃ!!!」

「かしこまりました」

店員が奥の厨房に行き、また僕のところに戻ってきた。

「あのように他のお客様からはしっかり正式名称を言って頂いておりまして・・・・」
「はあ、常連は凄いな」
「そろそろ昼のピークに入りますので、急いでもらえないですか」
「え、じゃあ・・・・。でも、うーん」

僕が躊躇しているとまた客が次々とやってくる。
その度に店員は僕を置いて対応に行く。

店内のあちこちから奇声が聞こえる。

「俺は醤油ラーメンうわあああああああ、うわわわああああぁぁぁあっーー!!!」

「じゃあ僕は塩ラーメンふううwwwwふぅっwwwふうううううううwwwww!!!」

「私も一緒の塩ラーメンふううwwwwふぅっwwwふうううううううwwwww!!!」

「醤油ラーメンうわあああああああ、うわわわああああぁぁぁあっーー!!!」

「味噌ラーメンぬふ・・・ぬふふ・・・・ぐひ・・・ぐひひひぃぃぃぃ!!!」

「うわあぁぁあぁ・・・」
「ふううWWWW・・・・」
「ぬふ・・・・」
「・・・・」

僕からするとどうにも壮絶な状況であるが、皆普通の表情をして注文し、注文を終えるとこれまた普通に談笑している。店員は何度もホールと厨房を行き来し忙しそう。

そしてひと段落してまた僕のところにやってきた。

「ご注文は、というか覚悟は決まりましたか」

他の客が皆普通に注文できている中で恥ずかしさは薄れたので、意を決して大声で言ってみる。

「では・・・醤油ラーメンうわあああああああ、うわわわ!!!」
「残念足りません」
「醤油ラーメンうわあああああああ、うわわわああああ!!!」
「もう少しです!」
「醤油ラーメンうわあああああああ、うわわわああああぁぁぁあ!!!」
「もうひと踏ん張り!」
「醤油ラーメンうわあああああああ、うわわわああああぁぁぁあっーー!!!」
「かしこまりました!!!」
「やっとかー!!!!!」

喉が枯れた。


店員はニッコリして厨房に向かっていく。


そしてうっすら店員の声が聞こえた。






「醤油ラーメン一つ」
「あいよ」




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