見出し画像

田舎古民家に移住して人生再起を図った男「古民家くん」~史上最悪のA4用紙編(第3話)~

<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全15話ぐらいの予定です。

<登場人物紹介>
①奥野文也(おくの ふみや) 35歳
大学卒業後に普通の会社員になる。
32歳で結婚、35歳で家を買うが仕事や家庭に辛さを感じ悶々としている。
後に退職、離婚、新築の家を売却し、古民家を買って移り住むことになる。

②奥野牧子(おくの まきこ) 3〇歳
奥野文也の妻。旧姓は前田。
小売関係の会社員。

<ここから本編>

牧子からの話し合いの提案は、文也が会社にいる時にLINEで連絡が入った。

「ちょっと、今夜話し合いたいんだけど」

この提案は文也にとって面倒でしかなかった。

既に文也の中では「離婚」という結論で固まっている。話し合う意味があまりないのだ。

しかし、交際期間を含め4年間牧子を見てきたところ、一方的に離婚を突きつけるのは得策ではない。

例えば浮気や貯金の使い込みなど"明確に相手に非がある離婚理由"がないと、そこにつけ込まれ

「それならば、手切れ金は払ってよね」

と言われる懸念があった。

こういった事態を避けるために、なるべく両者合意の状態で離婚に持っていきたい。

また、現状のやや漠然とした嫌悪感を伝えたところで、うまいこと返されて有耶無耶にされてしまうとも思えた。

そこで文也が考えたのは

「量で攻めよう」

である。

1つでクリティカルとなる離婚理由は無いが、量を挙げ連ねれば全体を以って致命傷を与えうる。量があれば、仮に建設的に1つ1つ解決していこうとしても、幾らかは解決できない問題が残るはずだ。

事実、こういった相手に対する沢山の不満点というものは、いわゆる"性格の不一致"とも言え、真っ当な離婚理由となる。

文也は仕事が終わった後、パソコンを使ってA4用紙に牧子の不満点を書き連ねた。

例えば

・夫婦間でするべき重要な判断を全て親に投げてきたし、逆に親も何かと介入し過ぎる
・鍵を夫に相談無く親に渡した
・夫の労働時間の多さを一切考慮しない
・犬猫が飼えない

などといった内容で計30項目を用意。その紙をコピーして2部にし、カバンに入れた。

深夜、文也が家に帰ると、牧子はいつものようにリビングのソファに座りテレビを観ていた。

文也は数メートル離れたダイニングのイスにスーツのまま腰掛ける。

両者、無言。

張り詰めた空気が漂う。

5分ほどしただろうか、文也から切り出す。

「話し合うって、何を」
「・・・・何でそんなに変わったの」
「愛想が尽きたから」
「は?」

文也はカバンの中から例の紙を取り出し、牧子に渡した。

「多すぎるからまとめてきた」
「はあ・・・・いちいち紙に・・・・」

そう言って牧子は自分の問題点が30個書かれた紙を読み出す。

牧子の顔がみるみる鬼の形相になっていく。

「こんな、私の親のことなんてしょうがないじゃん!」
「しょうがないって言うけど、それが俺にとっての不満点であることは事実だからさ」

文也にとっては、牧子が「これはしょうがないじゃん!」と言えば言うだけ"それは解決が難しい問題"と証明されたようなものであった。そういう意味では幸先良いスタートであった。

こんな感じが徹頭徹尾続き、牧子の"しょうがない"は積み重なっていった。

文也が牧子から一番聞きたかったのは「もう離婚しましょう」の一言だ。それさえ聞けば手切れ金のリスクは避けられる。若しくは、牧子側の非を認めさせることでも良かった。

しかし牧子は言わない。というより、泣き出してしまった。

こうなると最早話し合いにはならない。

グスグスと泣いて押し黙っている牧子を横目に、文也は風呂に向かった。

文也の考えている不満点は全てぶつけたので、あとはそれに対して冷静になった時の牧子がどうアクションするかということになる。

一つ屋根の下で住む二人。史上最悪な空気だった。

続く

投げ銭はこちら。