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田舎古民家に移住して人生再起を図った男「古民家くん」 ~住宅ローンは重い編(第1話)~

<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全15話ぐらいの予定です。

<登場人物紹介>
①奥野文也(おくの ふみや) 35歳
大学卒業後に普通の会社員になる。
32歳で結婚、35歳で家を買うが仕事や家庭に辛さを感じ悶々としている。
後に退職、離婚、新築の家を売却し、古民家を買って移り住むことになる。

②奥野牧子(おくの まきこ)   3〇歳
奥野文也の妻。旧姓は前田。
小売関係の会社員。

③前田家 牧子の父、母、兄、弟
牧子の家族。

<ここから本編>

オフホワイト、3階建ての家を眺めながら立っている男がいる。

「4000万円で、4000万円分の幸せが買えるわけではない・・・・。」

一人そう呟いている男は、後に"ダークサイドセミリタイア・古民家くん"と自称することになる奥野文也 35歳だ。

深夜1時、会社から帰ってきた文也は新しい自宅を見つめながら肩を落としていた。

頭金500万円、35年ローン3500万円の合計4000万円で買った家だ。

「ただいま」
「おかえり」

奥野の妻、牧子(旧姓:前田)はソファに座ってテレビを観ている。典型的なテレビ大好きっ子だ。

二人の間に子供は未だできておらず、二人暮らしの共働き夫婦である。

牧子は小売業会社員のため、土日が必ず仕事で平日に週2日間の休みを取っている。

「ねえねえ」
「うん?」

牧子が尋ねる。

「この壁掛けテレビだけど、斜めになってるよね」
「え?そう?」
「絶対斜めになってる」
「そうかな。まあ言われてみれば若干斜めかな。」
「文也、先週、業者が壁掛け作業してる時立ち会ってたじゃん。その時ちゃんと見て指摘してよ!」
「いや、そんな細かいこと気にしなかったわ」
「私はめちゃくちゃ気になるの。今度業者に電話して直してもらってよ。」
「はあ・・・・」

文也はネクタイを緩めながら、休日のタスクが増えたことにため息をついた。平日は朝8時から日付が変わるまでの残業が当たり前、土曜出勤もしばしばある。

元々疲れやすい体質もあって、1日中休める日が1週間に1日は欲しいと思っているが、また潰されてしまった。

しかも休日は休日で、牧子の駅までの送迎と夕食作りが暗黙の了解となっており、数少ない休日も完全フリーではなかった。

「それとさ」

また牧子が尋ねる。

「次は何」
「トイレの床のヘリンボーン柄だけど」
「うん」
「向きがおかしい」
「は?」
「私が思ってた向きと違う」
「どれ」

文也がトイレの床を確認しに行く。
なるほど、扉から向かって縦にヘリンボーンの柄が入っている。
ちょうど「く」の字の向きだ。

「これじゃダメなの?」
「普通横でしょ」
「いや、普通が分からんし、床材の向きなんて業者にしっかり指示出さないとダメなんじゃないの?」
「この柄は普通扉から向かって横なの!カタログだってみんなそう写ってるから!」
「はあ」
「これも業者に貼り替えるように言っておいてよ」
「こんなの俺はどうでも良いし、ちゃんと向きを指示してなかったこっちにも落ち度があるでしょ」
「それを言うなら貼る前に確認しろって話じゃない?」
「そもそも注文住宅じゃなくて建売なのに売主の好意で建材選んで良いって言われたんだから。あんまり強く言えないっつーの。」
「ふん!もういい!私から不動産屋に文句言っておく!」

奥野家ではこんな感じのやり取りがここ1週間続いている。この新築の家に引っ越してきてから、文也は牧子の細かさにウンザリしていた。ただでさえ綺麗好きの牧子であったが、新築ともなったら髪の毛一本でも床に落ちていることは許されない。

文也はこんな状況を会社の上司に愚痴をこぼした時に聞いた話では、"新築の我が家"に対して、世間では牧子のようにかなり繊細になる人間が一定数いるようである。

「自分の城ができたんだからきっちり管理したいんだろ。家庭を守りたいって本能なわけだし、一概に悪いというわけではないんじゃない。」

と上司は言ったが、住居に関してあまりこだわりの無い文也からすれば面倒な気しかしなかった。



1ヶ月が経ち、牧子の文句も大体出尽くした感が出て、文也も落ち着いていた。そんな折、新年ということで牧子の親である前田家が新築の奥野家に来ることになった。

来るのは牧子の父、母、兄、弟である。

当日はそこに牧子と文也も足して6人で夕食をとることになった。

前田家の面々はよく喋る。

「いやしかし広い家で良いなあ。」
「リビング以外にも4部屋もあるのよね。」
「へー余ってるじゃん。」
「俺の部屋も用意してよ」
「じゃあ俺も俺も!」

文也は愛想笑いをしながら浅くため息をついていた。

トイレに行って一人ボソボソと呟く。

「この家の3500万円のローン、俺名義なんだけどな・・・・」

文也には、前田家があたかも奥野家を我が物のように言うことに苛立ちがあった。

文也がトイレから戻ると牧子が思い出したかのように言った。

「そうだ。お母さん。この家の鍵渡しておく!」
「え、あら良いの?文也君、良いの?」

文也は「うっ」と一瞬怯んだ。

しかし

「え、ああ、良いですよ」

と、返した。

文也にとっては良いわけがなかった。

「ダメです」

と牧子の家族たちの前で言えなかった。

牧子の両親はそんなに頻繁に家に来るような人間ではなかったが、文也にとっては良い気がしない。

元来、文也という人間は巣に篭もりたいタイプの人間であり、急に自分の巣に来る可能性がある人間はなるべく少なくしておきたかった。

しかも気を遣う目上の相手は尚更遠くにいて欲しいと願っていた。

鍵を渡すということは"いつ我が家に来ても良いですよ"という権利をあげたようなものである。

「事前に相談しろよ・・・・」

文也は牧子を横目に、誰にも聞こえないように呟いた。というより、念じた。

そうこうしているうちに夕食は和やかに終わり、前田家は帰っていった。

「あー帰っちゃったねー」

牧子が言うと

「ああ、そうだね」

力なく文也が返す。

今更「母親から鍵を返してもらえ」とも言えず、後の祭り感満載の表情で文也は風呂に向かった。

「仕事も辛いし。」
「嫁のこと全然好きじゃないし。」
「何か良い風に変わるんじゃないかと考えて家を買ったら。」
「これだよ。」

湯船に浸かりながら愚痴を呟くのが日課となっていた。

「そもそもこの家買うのも二人だけの話し合いだけじゃなくて最終判断を自分の親に投げてたし。」
「そもそも前の借上社宅の騒音が無かったら家買ってなかったし。」
「そもそも結婚式の準備段階でもう嫁のこと好きじゃなくなってたし。」
「そもそも婚活疲れでテキトーに着陸しちゃったし。」

文也の鬱屈は煮えたぎり

「4000万円で、4000万円分の幸せが買えるわけではない・・・・。」

これが口癖になっていた。


続く

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