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<高速バスで生き残りゲーム>ショートショート

春、ネットで東京から大阪までの高速バスを予約していた時のこと。

「このバス会社は最近できたみたいだな。なにやら最新の機能があるバスらしい」

『東京―大阪間を楽しめる、退屈しない最新機能満載』
指定席 ¥10,000
自由席  ¥5,000

とある。

「バスで自由席?席に座れなかったら嫌だから指定席を買っておくか」

とりあえず、最新機能が気になったので予約してみた。

―1週間後の深夜、東京駅にて

やはり新しいバス会社ということでか、そこそこの人がバス停に集まっていた。

バスが到着する。

車体にはアンテナや見慣れない機器のようなものが沢山くっついていて、何やら不気味だ。

運転手がバスから降りて乗客を一人一人案内する。

「お、自由席ですね。お好きな席にお座りください。この腕輪を付けて下さい」
「あなたも自由席ですか。どうぞお好きな席へ。この腕輪を・・・・」

どうやら腕輪を付けなければいけないようだ。

僕の番。

「お、指定席ですか。それではチケットに書かれている番号の席にお座りください。この腕輪を付けてね・・・・」
「はい」

バスの入り口に席の図が貼ってある。


僕のチケットには「10c」と書かれていた。
一番後ろの右側の席のようだ。


腕輪をしてバスに入る。
腕輪には何かの機構が入っているのか、金属製でちょっと重い。

そんな感じで3列シート、30人分の席に20人ぐらいが乗車した。

運転手がハンドルを握りながらマイクでアナウンスする。

「それでは大阪に向けて出発致します」
「自由席の方はご自由に席を変更して頂いて結構です」
「指定席の方は席の変更はご遠慮下さい。何があっても」

アナウンスの内容に違和感があった。

「何があっても?」

乗客の半分ぐらいがざわざわしていた。
同じく指定席を買った人だろうか。

そんな中、バスは高速道路を走り始めた。

10分ぐらい走った頃だろうか、運転手がアナウンスを始めた。

「車両前半分の社内温度を-20℃、後ろ半分を20℃に設定しました」

車内のエアコンのようなものが作動し、後方にいる僕でも冷気を感じる。

前半分に座っていた乗客が騒ぎ出す。

「寒い!-20℃は寒過ぎだろ!」
「何考えてんだ!」
「防寒服なんて持ってきてないぞ!」

運転手が淡々と話す。

「自由席チケットの方は後ろ半分に移動したら良いでしょう」

「なるほど」

自由席チケット勢がぞろぞろとバスの後方に移動しだす。

さっきまで全体にばらけていた乗客が後方に固まる。

その一方で動かない、というか正確に言えば動けない人たちがいた。

「おいおい、ベルトが取れないぞ!」
「こっちもだ!どういうことだ!」

運転手がニッコリしながら案内する。

「指定席チケットの方は、何があっても移動できないよう、ベルトをロックしております」

「なんじゃそりゃ!」
「寒い!」
「殺す気か!凍死するぞ!」

阿鼻叫喚である。

5人がバス前方で動けずに騒いでいるので、バス前方には指定席チケット勢が5人いるということになる。

推測だがこのバスの乗客構成はこのようになっていると思われる。

指定席チケット勢 10人 (バス前方に5人、後方に5人)
自由席チケット勢 10人

僕は20℃の心地良い温度の中、安堵して笑いながらこの状況を見ていた。

後方の乗客も、バス会社の用意したエンターテイメントか何かだろうと思ったのか、皆笑っていた。

車内温度が変えられてから30分も経った頃だろうか。

車両前方の乗客が流石にガタガタ震えているようで、後方の乗客が心配しだした。

「おいおい、本当に凍死するぞ」
「運転手は何やってんだ」
「もう温度戻せよ」

運転手に野次を飛ばす。
しかし運転手は何もしない。

これは何かおかしいと思ったのか、後方の乗客の一人が席を立って運転手に詰め寄る。

「おい、本当に死ぬぞ!すぐに温度を戻せ・・・・」

―その瞬間

運転手に近付いた乗客が雷に打たれたかのようにビリビリと体を震わせ、倒れた。
肌は黒くなり、プスプスと煙が上がっている。

「え?」
「何が起こった!?」

車内が騒然とする中、運転手がニッコリと話す。

「安心してください。彼は私に近付いたので腕輪から電気を流して感電死させました。即死です」

にわかには信じられないことを言い出す運転手。

ただし、運転手の近くに倒れた真っ黒い人間の存在感は、その言葉の裏付けとなっていた。

「きゃー!」
「うわー!」
「ちょちょちょちょ、え、なに!」

「皆様も、どうか私には近づかないようにお願いします。」

運転手は淡々とハンドルを握り続ける。

乗車してから2時間経った頃。

車両後方にいる人達は恐怖で動けなかった。

車両前方では、1つの感電死体と、5つの凍死体がある。

計6人が死んだ。この2時間で。

窓から脱出しようにも、カギは掛かっているし、頑丈なガラスで割れそうにない。

仮に窓が割れたとしても、高速走行中は飛び降りるわけにもいかない。

携帯電話は電波が繋がらない。車両に付けられた装置で妨害されているのだろう。

腕輪は全く外れない。

無事に大阪に着くのか?というか何をされているんだ?という謎がよぎる。

そんな中、運転手がまたアナウンスを始めた。

「今度は車両後方の座席3つを爆発させます」

わっ、と自由席チケット勢が車両前方に走り出す。

僕も逃げたいが、ベルトがロックされていて動けない。

恐怖で体全体が震える。

他の指定席チケット勢4名が必死の形相でベルトを外そうとする。

「おいおいおーい!助けてくれええええ!」
「誰か!誰か!誰か!」

爆発に巻き込まれたくないと、誰も助けるようなそぶりは見せない。

「では爆発しまーす」

運転手がアナウンスしたと同時に、座席3つがドンドンドンと連続で爆発、四散した。

ただ、誰も座ってない席が飛び散ったようで、指定席チケット勢は僕も含め5人とも生きている。

「運が良かったですね」

運転手が上機嫌で話す。

「けどまだ爆発が終わったという保証はありませんよ?」

ということは、前方に逃げた乗客はうかつに後方の席に戻れない。

前方の社内温度は-20℃のままのようで、全員が寒がっている。

後方に残された指定席チケット勢も恐怖で震えている。股間が濡れている者も何人か確認した。

この世の地獄のような景色だ。

後方の席が爆発してから30分ほど経過。

一向に追加で爆発する気配が無かったため前方の客が何人か後方に移り始めた。

それに呼応するかのようにぞろぞろと後方に戻ってくる。

「皆さん鋭いですね。爆発は3席しか用意してませんでした」

運転手の横顔は不敵な笑みを浮かべていた。

乗客達が叫ぶ。

「一体何が目的だ!?」
「バスを止めて降ろせ!」
「誰か携帯電話は繋がらないのか!?警察に通報しろ!」

全くその通りだ。
皆ただ東京から大阪に移動したかっただけである。
こんな殺人ゲームに巻き込まれる因果もなにもないだろう。

「皆様の仰る通りです。」

運転手がマイクで話し出した。

「車内上方にカメラがあるのは分かりますでしょうか」
「そのカメラで、お金持ちの物好きな方達が皆様を観察しています」
「実際は観察というよりギャンブルですかね。誰が生き残るかを賭けたゲームをされています」
「皆様は、ぜひお金持ちの方々のゲームの駒として、せいぜい残りの人生を味わって下さい」

なんという理不尽であろうか。

運転手が続けて言う。

「今度は車両左半分の席全部に致死レベルの電流を流します」

車両左側に座っていた自由席チケット勢が右半分に走り出す。

指定席チケット勢で左半分に座っているのは3名。それぞれ最後の言葉を発する。

「やめてくれえええええええ!」
「なんだよこれ!なんだよこれ!」
「うわああああああああ!」

地獄絵図のような中、3人がガクガクガクと震えだす。
その異様な動きから、座席に電流が流れていると想像するのは容易かった。

3人とも、うな垂れて動かない。煙が体から出ている。

これで指定席チケット勢8人と自由席チケット勢1人が死んだことになる。

「もういやああああああ!」

乗客の女性が泣きだしてその場に崩れ落ち、男達は為すすべなく立ち尽くしていた。

僕は、次こそ右半分に致死的な仕掛けが来ると思い絶望するしかない。

その時、運転手がマイクを握った。

「お待たせしました。大阪駅に到着です。前のドアからお降り下さい」

乗客は皆、最後に何が起こるか無言で身構えていて誰も降りようとしない。

「・・・・」

運転手が再度話す。

「皆様、これ以上は何も起こらないことを保証します。どうぞお降り下さい」

乗客が叫ぶ。

「何言ってるんだ!死人が出てるんだぞ!」
「ドアにも何か仕掛けがあるんだろ!」

このバスの惨状を見てきた乗客からすればもっともな意見である。

その時である。

凍死体5つと感電死体4つがむくりと起き上がった。

「大阪駅、到着でーす!」
「私たちはスタッフです!」

9人が同時に発声した。若干ハモっている。

運転手が説明する。

「当バスはただの高速バスではありません」
「東京-大阪間のバス内を退屈に過ごさせないアイデアは無いかと模索しました」
「その中で考え出したのが今回の生き残りゲームです」
「どうでしたか皆様。ハラハラドキドキのバス旅行は」

乗客全員が唖然としている。

「この腕輪は何だ?」

冷静になった乗客の一人が質問する。

「それはお客様とスタッフを識別するためのセンサーが入っています。お客さんの座っている席を爆発させたらマズイですからね」

「自由席と指定席がある理由は?」

「それは現代の指定席文化に対するアンチテーゼです。指定席は席が決まる。それは本当に良いことなのか?自由であるべきではないのか?ということです。現に今回指定席を買われた2名の方は、指定席を死ぬほど後悔したのではないでしょうか。」

「はあ・・・・」

状況が掴めないといった感じで皆呆然としていたが、1分も経つと怒号が飛び交う。

「ふざけんなああああ金返せ!」
「寝るつもりだったのに寝れなかったじゃないか!」
「俺なんて小便漏らしたぞ!クリーニング代請求させろ!」


非難轟々である。


確かに退屈はしなかったが、僕も小便を漏らしていた。最悪である。


ちなみにこのバス会社はその後もやり過ぎたサービスを続け、ネットの口コミも星1となり、最後は潰れた。


そして僕はこの1件がトラウマになり指定席を予約できなくなった。




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