田舎古民家に移住して人生再起を図った男「古民家くん」~会社バックレ編(第6話)~
<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全15話ぐらいの予定です。
<登場人物紹介>
①奥野文也(おくの ふみや) 35歳
大学卒業後に普通の会社員になる。
32歳で結婚、35歳で家を買うが仕事や家庭に辛さを感じ悶々としている。
後に退職、離婚、新築の家を売却し、古民家を買って移り住むことになる。
②奥野牧子(おくの まきこ) 3〇歳
奥野文也の妻。旧姓は前田。
小売関係の会社員。
<ここから本編>
文也はいつものようにベッドの上で考えていた。
田島部長の言う通り、先に離婚したら気が変わって退職する気はなくなるかもしれない。
しかし、今の仕事をこなしながら離婚を進めると、それこそキャパシティを超えて精神が崩壊しそうな気がする。
今の自分を追い詰めているのは、『仕事』『妻』『住宅ローン』の3つであることは間違いない。
とにかくまず1つは消したい。1つ消したら変わるかもしれない。藁にもすがる思いであった。
「この3つの中ですぐに消せるのは、仕事だ」
しかしそうはいっても、田島部長に「先に離婚を進める」ということで言質を取られている。
「それはそれでおかしくないか・・・・?」
退職したいと言っているのに、退職を会社に受け付けてもらえない。
こんな不自由なことあるか、と全く納得できなかった。
文也はおもむろにスマートフォンを取り出し、インターネットで検索をかける。
「退職 方法」
「退職 させてもらえない」
「退職 法律」
検索結果に出てきたサイトを隈なく読み進め、疑問が湧いては検索をかけていく。
「労働基準法 条文」
「憲法 条文」
時間を忘れて、出てきたサイトを読み漁った。みるみる退職に関する知識を得ていく。
そして最終的に検索をかけていた言葉は
「正社員 バックレる」
であった。
これしかない、と文也は結論付けた。
退職願を提出して淡々と退職を進めていくような正攻法では田島部長からうまく丸め込まれてしまう未来しか見えない。
であれば、先方に有無を言わせず退職を突きつける"バックレ"しかない。
法律的になんの問題も無い確認は取った。
スマートフォンのカレンダーを見る。
来週は土日の2連休であった。
「決行は、ここだ」
文也は作戦を練った。
*
―2連休前の金曜日
文也は出勤途中で牧子にLINEでメッセージを送った。
『会社、辞めることにする』
まだ婚姻関係が続いている中で、会社を勝手に辞めたとなったら離婚の際に不利な状況に持ち込まれるかもしれない。
その不安要素を潰すための一手であった。
すぐに牧子から返信がきた。
『いいじゃん。これで行けなかった新婚旅行行けるね』
文也は返信しなかった。牧子の返信は文也にとっては意味のない、ただの文字列でしかなかった。
スマートフォンをカバンに入れ、会社近くのコンビニに入り、エナジードリンクを3本買う。
その内の1本をすぐに飲み切り、事務所に入っていく。
あとの2本は、昼と夜に飲む。それが習慣だった。
いつも通りの職場、いつも通りの仕事、いつも通りの残業。
全て普通にこなした。
全てが普通の1日であった。
*
―土曜日
文也は朝から出社した。引継ぎ資料を作成するためである。
会社には文也以外、誰もいない。
バックレにより会社に何らかの損害を出した場合、面倒なことになる可能性がゼロではないので、それを潰すための一手だ。
この1週間でコツコツと引継ぎ資料は作っていたが、それの総まとめである。
中途半端に終わっていた仕事も終わらした。
気付けば夜の10時になっていた。
*
―日曜日
文也はまたも朝から出社した。
今日は正真正銘最後の日、バックレの締め作業である。
机とロッカーの私物を全て紙袋に入れ持ち帰る。
不要だがなんとなく置いていた書類を全てシュレッダーにかける。
退職届、社員証、社章、会社の携帯電話、引継ぎ資料などを全て課長の机の上に置く。
さらに課長の机の上を写真に撮っておいた。確かに退職届を置いたという証拠を残しておくためである。
その後、人事部長に事の経緯綴ったメールを送る。退職届のスキャンも添付した。
人事部長以外の会社関係の番号を全て着信拒否にする。
これで会社とのやり取りは人事部長以外とやらなくて済む。
作業が終わると夕方になっていた。
事務所の鍵を閉め、鍵はポストに入れた。
仕事ではケアレスミスが多かった文也であったが、今回は完璧だった。
外は曇天で清々しい気持ちにはなれなかったが、13年務めた会社を数秒見つめてから、去った。
―月曜日
午前10時ごろ、人事部長からの電話が鳴った。
人事部長の口からは事務的な引き止めの話がつらつらと述べられたが、当然のように断る。
退職は受理。
正確には、40日の有給休暇が残っているので、2か月後の退職となる。
文也が家の外に出ると、雲一つない晴天であった。
平日、この時間に、何の用もなしに外をブラつくのは何年ぶりだろう。
文也は近くの公園のベンチに座り、ぼーっと空を見つめていた。
「あー、なんて気持ちが良いんだ」
思わず独り言が出てしまう。
続く
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