田舎古民家に移住し人生再起を図った男「古民家くん」~ぽこたん編(第13話)~
<概要>
今まで築き上げてきたものを全て捨て去って田舎の古民家に移住し、再起を図る男の物語。待ち受けているのは破滅か何なのか。全20話ぐらいの予定です。
<本編>
―夜
家の中の木材置き場を改めて見てみる。
綺麗なものは全て引き取られ、残ったのは埃まみれの端材ばかりだ。
「焚火に使うか」
田舎古民家と言えば、焚火というイメージを持っていた。
庭は広いし、家に燃え移るリスクはなさそうだ。
また、左右に隣家があるが、空き家であることは確認済である。煙でクレームをもらうことも無いだろう。
早速、庭と家を何往復かして汚い木材を庭に運び、火を付けた。
パチパチと音を立てながら燃える。
車に積んでいたアウトドアチェアを持ってきて、そこに座りながら焚火を眺めると、優雅な気分であった。
そうだ、この状態でボイスチャットに入るか。
そう思って文也はスマートフォンを取り出した。
「まだ誰もいないな」
ボイスチャットは毎晩決まって誰かがいるわけではない。
むしろ文也が先に入り、数十分から数時間すると誰かが入ってくるということが多かった。
「とりあえず入って、誰か来るのを待つか」
ボイスチャットに入ったまま、スマートフォンを脇に置いて焚火を見つめる。
文也はこの1年を思い返す。
1年前の自分は、1年後にまさかこんな縁もゆかりもない場所に移住して、焚火をしているなんて想像もしないだろう。
しかし、この自分の行動は何が発端だったんだろうか。仕事か。妻か。それとも自分か。あるいは全部に原因があったのか。
ぼんやりと周囲を見渡すと、焚火の明かりが古民家を照らし、良い雰囲気だった。
文也はさらに考えを発展させ、自分が生まれた意味は、そもそも生物がいる意味は、というか宇宙って何だろう、と答えの無い答えを探した。
こんなことばかり考えてきた1年、であった。
『ピコッ』
とスマートフォンから音が鳴った。
ボイスチャットに誰か入ってきたようである。
「初めて見る人だな・・・・」
名前は『ぽこたん』、アイコン画像は猫のぬいぐるみのようなキャラクターであった。女性だろうか。
「こんばんはー」
声を聞くと、その名前、そのアイコン画像と不釣り合いなぐらい低く渋い男性の声であった。
「いやあどうも初めまして。ボイチャは久しぶりでしてね」
「あ、じゃあ前からいた方なんですね」
ぽこたんは、このコミュニティができた頃からいた古参であった。
前は頻繁にボイスチャットに入っていたが、最近はめっきり入らなくなっていたそうだ。
ちなみにボイスチャットでの初対面の際は、現実社会と同様に、簡単にだが口頭で自己紹介を行うのが通例である。全員が全員、プロフィールを読んでくれるわけではない。
そういうわけで文也は自己紹介を始めた。
「僕は数カ月前に移住しまして・・・・」
「ああ、知ってますよ」
ぽこたんは全て把握済みといった体で遮ってきた。
「最近よくボイスチャットに入られてるので、一体どんな人かと思って先にプロフィール読んでました」
「ああ、そうなんですね」
「いやしかし、文也さんは僕と似てますね」
「はあ・・・・?」
ぽこたんはプロフィールを公開してなかったが、口頭で色々と自分のことを話してくれた。
「文也さんは36歳でしょう、僕も一緒だ。そして古民家に一人暮らし。ここも一緒」
「ぽこたんさんも古民家一人暮らし勢なんですね」
「あ、ぽこたんで良いですよ」
渋い声でぽこたんはそう言った。
ぽこたんも、このコミュニティでは圧倒的少数派の古民家一人暮らし勢であった。
文也は、似た境遇であるぽこたんに強い親密感が湧いた。
「ただ違うのは、僕はサラリーマンの経験は無くて、大学を出てからずっとこんな生活を送ってるのですよ。」
「それは凄い。ずっと自分の力だけで収入を得ているんですね」
「いやいや。僕はサラリーマンは無理だなと大学の頃のバイト経験で悟ってね。だから逆に文也さんのことが凄いと思いますよ。10年以上もサラリーマンやってたなんて、尊敬ですよ」
文也は、逆に10年以上も一人で生きてきているぽこたんに尊敬しかなかった。
ぽこたんの生活こそ、自分の求めているものであった。
そうなると気になるのはぽこたんの仕事である。
ある程度雑談を進め、頃合いを見計らって問いかけた。
「ちなみに、差し支えなければぽこたんのお仕事が何か聞きたいんですけど」
「ああ、まあ大した収入じゃないですけど、IT関係ですかね。他人様のWEBサイト作ったり、ちょこっとプログラムしたり。それでギリギリ生きていけるぐらいにはなってます。あと株を少々」
「なるほど。それで10年以上なんとかしてきてるのが、僕にとっては凄いと思います」
「うーん、これはこれで大変でね。常に情報に対してアンテナ張ってないといけないし、いつ食いっぱぐれるかヒヤヒヤはしてますよ」
やはりIT関係は強いな、と文也は思った。
プログラミングには昔憧れたことが有り、本屋で初心者向けの本を立ち読みしたが、全く意味不明な文字列を見てそっと本を元の場所に戻し、それっきりである。
それにしてもぽこたんは同い年とは思えないぐらい博識であった。話せば話すほど、文也の知らない知識を披露してくれる。
そんな中
「文也さんは、今何か仕事しているんですか?」
ぽこたんが返す刀で質問してきた。
「いやあ、今それで悩んでまして。まあ、無職なんですよ」
「ふむ」
文也は、博識なぽこたんに聞けば何か糸口が出てくるのではないかと思い、これまでの経緯を話したうえで、意見を伺ってみた。
「・・・・はあ、それでこれからどうしていったら良いか悩んでいると」
「ええ」
「であれば、あまり望まない話かもしれないですけど、週2から3日ぐらい、普通にバイトするのが一番簡単だとは思いますよ」
「いやあ・・・・。正直どこかに属するってのはかなり嫌ですね。そういう誰かに管理されたり、コントロールされることから逃げて今に至るってのもありますし」
「ふむ、気持ちは分かります。ふーむ・・・・」
ボイスチャットで相手の顔は見えないが、それでも返す言葉に悩むぽこたんの顔がなんとなく想像できた。
ぽこたんが続ける
「そうなるとですね・・・・、文也さんは、何か好きなことはありますか」
「好きなことですか?」
「そうです。やっていると時間を忘れるようなこと」
「うーん、好きなことか・・・・」
「あと数年は生活できる貯金はあるというわけですから、その数年間それを続けたら、それでお金を稼げるようになっているかもしれません。最悪、稼げなかったらそこからバイトすれば良いわけだし」
「なるほどなあ・・・・」
文也は考えた。
大学生の頃に音楽は作っていた。1年間ほとんど大学に行かずに熱中した記憶がある。けど、音楽で食えるのか?
ぽこたんは言う。
「音楽ですか。ふむ。今は動画サイトが豊富で、簡単に人目に触れさせることができますからね。音楽をアップしてもし何万と再生されればそれなりの広告料は入りますから。時間はあるんだし、一度やってみるのも手ではあります。やってみてダメならその時考えれば良いですし」
ぽこたんは続ける。
「ただ、敷居が低いところは当然人が集まります。集団の母数が多ければ多いほど、一つ頭抜けるのは難しくなると思います」
「んーやっぱそうですかね」
「簡単に始められるということは、普通はそういうことでしょうね」
確かにぽこたんの言う通り、現代ではただの一般人でも自分の作品を一瞬で全世界の人間がアクセスできるところに"置くこと"はできる。
さらには10数年前と違い、音楽であれば『音楽の作り方』の情報が動画サイトに腐るほどある。高品質な無料ソフトもワンクリックで手に入ってしまう。
つまりは、素人でも無料ソフトを入手してそこら辺に転がっているレクチャー動画を観てしまえば"それなりのもの"ができてしまう時代なのである。
ライバルは無限に存在すると言っても良い。
「なんか稼げる気がしないですね」
「まあさっきも言いましたけど、とりあえず何個か作って様子見が良いんじゃないですか」
そんな話を続けていると『ピコッ』と音が鳴り、別の人がボイスチャットに入ってきた。
ぽこたんは話題を変えた。
文也がふと焚火に目をやると、火はほとんど消え、辺りは真っ暗になっていた。
*
文也の古民家に大きな段ボールが届いた。
中身は音楽を作るために新調したパソコンやキーボード、ケーブル、マイクなどだ。
中古の安いもので揃えたが、それでも数か月分の生活費を投資した形になる。
半日かけてセッティングすると、文也の部屋はちょっとした音楽スタジオのようになった。
10年以上ぶりに引っ張り出してきた作曲ソフトは埃を被っていたが普通に使えるようである。
とりあえず今はこれに賭ける。
文也は買ってきたエナジードリンクを飲んで、パソコンに向かった。
しばらく作曲ソフトの使い方をあれこれ触りながら思い出そうとしていると
『ピコッ』
という音とともに、ぽこたんからメッセージが来た。
『写真見ましたよ。行動早いですね』
文也はSNSに自分の音楽スタジオの写真を貼ってアップしていた。
ぽこたんはそれを見てくれたみたいだ。
初対面の日から、ぽこたんとは毎日のようにボイスチャットで話すようになっていた。
文也はぽこたんを相談とし、一方のぽこたんは文也の行動を見ているのが楽しいように見えた。
縁もゆかりもない田舎の古民家にいれば孤独の極みであるが、文也にとってはぽこたんの存在がそれを打ち消していた。ぽこたんもそうだったのかもしれない。
ぽこたんに支えられながら、文也はなんとか1曲を仕上げた。
1日15時間、それを10日間続け完成させた曲である。文也は早速動画サイトにその曲をアップした。
その日の夜のボイスチャットでは、ぽこたんも記念すべき1曲目を大いに祝ってくれた。
*
―1週間後
動画サイトにアップした文也の曲、再生回数は50回だった。
文也は死んだ魚のような目でその数字を見つめていた。
有名アーティストが何千万、何億と夢のある再生回数を叩き出している一方で、現実はこれである。
おかしい、左手がまた震え出した。
退職してから治った左手の震えが再発してしまった。
「ぽこたん・・・・」
文也は藁をもつかむ気持ちでボイスチャットに入った。
続く
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