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47 ちょうどいいうなぎ

先日、仕事で久住昌之さんにインタビューをする機会があった。『夜行』『かっこいいスキヤキ』『プロレスの鬼』『小説 江ぐち』『写真四コマ漫画』……ぼくがこの世界に入る前から散々読んでいた、憧れの先輩である。

インタビューのテーマは「食」に関することで、久住さんに食について話を聞くということは、必然的に『孤独のグルメ』の話になる。その際にどんなことを話してくださったかはここには書かないが、せっかくのチャンスなので、ちょっと本題から脱線したことも聞いてみた。

「作品の主人公というのは作者の分身だとよく言われます。当然のことながら『孤独のグルメ』の井之頭五郎は久住さんご自身の性格が投影されているのだと思いますが、もしかすると……そこにタキモトさんも入っていませんか?」

タキモトさんというのは、古くから久住さんが一緒に仕事をしてきた写真家の滝本淳助さんのことだ。

本人は至って真面目なつもりでいるが、周囲から見るととにかく言動がおもしろく、ネタに事欠かない愛すべき人物。そんなタキモトさんにまつわるエピソードを久住さんが書き起こした名著が『タキモトの世界』である(1992年、白夜書房刊。2013年に復刊ドットコムより復刊)。

ぼくからの唐突な質問に久住さんはちょっと考え込んだが、すぐに笑顔にを見せると「そうか、言われてみれば『孤独のグルメ』にタキモトさんの要素は入ってるね。確実に入ってます!」と言った。

たとえば、井之頭五郎は腹がへったときに「よし、一発、焼肉でも入れていくか」と言う。この「入れる」という感覚。あるいは食事中に、五郎は「こういうのでいいんだよ」とか「ちょうどいい」と言う。この生活にぴったりの良さを求める感覚。これらはすべてタキモトさんのものだ。

そして、ぼくの中にも確実にタキモトさんはいる。

『タキモトの世界』に収録されたエピソードで、個人的に大好きなのが「小さなうなぎ」の話だ。これはどういうものかというと、新宿西口の思い出横丁の入り口にタキモトさん行きつけのうなぎ屋がある。そこでは、たったの480円(当時)でうな丼が食える。うな丼といっても、うなぎの周囲には広範囲に白飯が見えるくらい小さなうなぎが載っているだけだから、たいしたものではない。でも、タキモトさんはそれが好きなんだという。

いまはファスト(fast)フードの時代だから、品質とサイズにこだわらなければ1000円以下でうな丼を食える店は珍しくない。でも、『タキモトの世界』が書かれた頃は、うな丼なんて庶民が気軽に食えるものではなかった。そんな時代にあって、うなぎの品質を落とし、サイズも極限まで小さくするという強引な方法でうな丼を庶民の手が届くものにさせたのが、件の店だったというわけだ。

まあ、普通は「なんだそれ」って思いますわな。いくら480円でもそんなうな丼は食いたかない。実際、その話を聞かされた編集者は「あれじゃ食べた気しないよ」と言い、さらには「あんなもの好きなの?」とまで言う。

ところが、タキモトさんは次のように反論する。

〈いやいや、だから違うの。ね、オレだって知ってるよ、もっとうなぎもちゃんと大きくてフカフカの、おいしいの。だけどこれはそれと違うんだから。違うものなわけ。こう、なんていうの、『うなぎみたいなものがちょっと食べたいなー』っていう気分の時イイわけ。そういう時あれを食べると『あー、うなぎが入ったァ』ってなってそれなりに満足できるわけ〉

出ました、タキモト語。この、ちょうどいいうなぎが「入った」感覚。

長々と久住さんというかタキモトさんの話を書いてきたけれど、ようするに「うなぎにはちょうどいい量ってのがあるよね」という話である。ぼくはうなぎを食べる機会を得るたびに、世の中の人、うなぎ食いすぎ! と感じてきた。その点で、タキモトさんには全く同意する。

うなぎの蒲焼って、そもそも本体に脂がのってるうえに、タレも甘辛で濃厚。だからそんなにたくさん食べる必要性を感じない。せいぜい半身あればいい。ところが、一般的なうな丼はだいたい1匹分が使われている。ちょっと高級げなうなぎ屋に行けば、2枚載せ、3枚載せもざらにある。

以前、『桃太郎電鉄』の制作チームにいたとき、さくまあきらさんには何度かうなぎもご馳走になった。さくまさんは大の美食家で日本全国のうまいものを食べ歩いてきたのだが、何度かの大病を経て、かつてほどは食べられなくなった。そこで、『桃鉄』チームのスタッフに振る舞うのだ。若い連中が「うまいうまい」と食べる姿を見て、眼を細める。

さくまさんご贔屓のうなぎ屋は、静岡県三島にある「桜家」だ。ここは「並・上・特上」や「松・竹・梅」といった表記のかわりに、「1匹・1匹半・2匹」といった即物的な書き方がされている。普通なら1匹で十分なのだが、さくまさんは「みんな2匹のお重でいいかー?」と、いきなり無茶振りしてくる。有り難いけど困るのだ。

酒飲みのぼくは、できればうなぎと一緒にビールなんかも飲みたいので、そんなにたくさんはいらない。本心を言えば、うな重ではなく蒲焼きだけを酒のつまみとしていただきたいところだが、そんなことは許されない。なぜなら、さくまさんは自分の仕事を手伝ってくれる若いスタッフがモリモリとうまいものを食う姿を見たいのであって、タダ酒を飲ますためにぼくを連れ歩いてるわけではないからだ。

贅沢な悩みだ。あの頃は、本当にうまいものをたくさん食わせてもらった。少食のぼくは嬉しい悲鳴を上げながら仕事をしていた。文字通り「おいしい仕事」の記憶である。

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