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38 山手線一周飲み

一日の仕事を終える。日が暮れる。職場を出て、駅までの道すがら、夕飯も兼ねた居酒屋の暖簾をくぐる。旨い魚、旨い酒。そういう当たり前な酒暮らしは、とてもいいものだ。

ぼくは毎日朝4時から仕事を始め、昼前にはその日のノルマを終えて、明るいうちから飲みに出かけて夕方に帰宅するという狂った生活を送っている人間だが、それでも赤提灯に明かりが灯る夕刻の酒場の風景には、やはり心を奪われる。

が、そんな当たり前の日常も、いつかはマンネリ化する。

いや、週に一、二度しか外で飲まない人は、そもそもマンネリ化なんてしないのかな。毎日のように酒場へ出かけるこっちのほうが異常なのかもしれない。

とにかく! マンネリはいけない。マンネリを放置しておくと、酒が嫌いになっちまう。それを避けるために、我々はアイデアを凝らす必要がある。酒の飲み方に様々なゲーム性を持ち込むことで、日々の酒暮らしに変化と潤いを与えるのだ。

友人で音楽家の杉山圭一くんが首謀者だったと記憶しているが、彼の先導で「山手線一周飲み」という遊びをやったことがある。これは、山手線の各駅をひとつずつ下車しながらそれぞれの町の酒場で酒を飲み、全29駅(当時はまだ高輪ゲートウェイ駅はなかった)をぐるりと一周するというゲームだ。鉄道の乗りつぶしならぬ、酔いつぶしである。

この遊びには、いくつかの高いハードルがある。

たとえば、29駅(=29件の酒場)を巡るのだから、一軒あたり30分の滞在だったとしても、全部で14.5時間もかかってしまう。駅と店を往復する時間や電車を待つ時間も合わせれば20時間はかかるだろう。昼の12時からスタートしても、終わるのは翌朝の8時だ。普通に考えたら無理ゲーである。

これをどうやって可能にするか。まず、店で飲む時間をギリギリまで短縮する。たとえば滞在時間を約15分にすれば、トータル時間は一気に半分まで減らせるだろう。また、アルコールを提供している店をできるだけ駅の近くに見つけて、移動時間も可能な限り切り詰める。当然、電車の時刻表ともうまく連動させてスケジュールを組んでおく。

酒場なんてどこも16時~23時くらいの営業時間じゃないの? というアナタは、ハッキリ言って酒EXP(経験値)が低い。都内であれば24時間営業している店は思いのほかあるものだ。鶯谷の「信濃路」なんて、24時間営業のうえに改札を出て徒歩3秒という立地で、このゲームのために用意されたような店だ。

酒場がなくても、吉野家、すき家、日高屋といったファストフード店ならどこの町にも存在する。それらの店にはたいていビールか日本酒が置かれていて、牛皿にビール中瓶なら、15分あれば十分だ(※コロナ以前の話ですからね)。ここに、この遊びのポイントがひとつある。

そう、我々が目指すべきは、いわゆる「酒場」だけに限らない。最低でもおつまみ1品とお酒1品を提供してくれる「店舗」なら、なんだっていいのだ。駅構内の自販機で缶酎ハイを買って飲む……というのは公式ルール(?)に反するが、店舗の形式さえ取っているのであれば、そこが居酒屋でなくてもいい。ファミレスでワイン? 上等じゃないか。

もうひとつ、実際にこのゲームをやることで見えてきたハードルもあった。

それは「人数の増加」である。この遊び、一人でコッソリやれば、そんなに難しいことではない。一人なら15分で切り上げるのも簡単だし、会計だって手早く済ませられる。でも、それじゃ寂しい。こういうバカな遊びは、やっぱり大勢でやったほうが楽しに決まってる。絶対そうでしょうよ。

ぼくらがやったときは何人でのスタートだったかな。最初は朝の7時くらいに池袋の「大都会」あたりに集合する。ここも24時間営業なので間違いない。そこで飲み始めた様子をSNSなどで実況すると、それを見た友人たちが「次、大塚なら家から近いのですぐ行ける!」などと言って合流してくる。大塚で一人、鶯谷で二人、上野で一人、神田で三人……。そうやって、駅を追うごとに人数が増えていく。

途中で「予定があるから!」と去っていく人もいるが、まあ増えていくペースの方が早い。拡散が拡散を呼び、やがて知らない人も参加してくる。もうカオス。気がつけば参加者は数十名。人数が増えれば移動にも時間がかかるし、酒場での腰も重くなる。何よりいちばんの問題は、大人数になると入れる店が限られてくることだ!

最後はどうなったんだっけな。途中の離脱者も含めて、トータルでは40人くらい参加していたはず。さすがに収拾がつかなくなって、渋谷あたりで2班に分かれたような気がする。それでも何人かは初志を貫徹し、山手線一周飲みを達成したのは見事だった。ナイス肝臓。

早くコロナ禍が終息し、またこんな遊びのできる日常が戻ってきてほしいものですね。

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