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49 娘と飲む

 うちの娘は2000年に生まれたので、とても年齢を覚えやすい。これを書いている現在は誕生日前なので22歳。誕生日を過ぎたら23歳だ。
 親父──すなわちぼくは酒に関してだけは悪い大人なので、娘が高校生になった頃から、夕飯のときに晩酌中のグラスを差し出して「ちょっと飲んでみる?」とかやっていた。でも、未成年のうちは一切アルコールを口にすることはなかった。偉いね。
 別にお酒に興味がないわけじゃない。小さい頃から交通ルールを守ることや、電車で空いてる座席を我先に取るようなことをさせなかったので、遵法意識の高い子に育ってくれたのだろう。
 娘は花より団子タイプで、とにかく食いしん坊だったからお酒にもそれとなく興味はあったようだ。2020年に誕生日を迎えたときは、夕飯の席でお祝いのスパークリングワインを出したら、何の抵抗もなく飲んでいた。酒に強いところは親父に似たらしい。
 それ以後、外食に連れて行ったときなどホッピーやワインを勧めると、普通に飲むようになった。自ら進んで酒を買って来たりすることはないが、親父の晩酌には付き合ってくれるのだ。

 まだ娘が18歳のときのことだ。一緒に浅草まで遊びに行った帰り、JRAの近くにあるいきつけの飲み屋に連れていった。もちろん、このときは未成年なのでお酒は飲ませていない。ぼくは酎ハイで、娘はオレンジジュース。この店は牛すじの煮込みが絶品なので、それを食いしん坊お嬢さんに食わせてやりたかったのだ。
 高校生の娘なんて、普通は父親と距離を置きたがるものだ。なのに、うちの娘はよく親父の遊びに付き合ってくれる。基本、美味いものに釣られてということではあるだろうし、あるいは早くに母親を亡くしているから人恋しいのかもしれない。いずれにせよ、ありがたいことだ。
 この日、ぼくはお気に入りの飲み屋の野外席で、夜風に吹かれながら娘とのんびり話をしたかった。ところが、一杯目を飲み始めてすぐに、隣の席に座っていた初老のカップル(夫婦ではないと言っていた)が話しかけてきた。
 曰く、高校生の女の子がお父さんの晩酌に付き合ってくれるなんて素敵! とのことで、それに感激する気持ちはわかるし、ぼくも娘に対して感謝の気持ちでいっぱいなのだが、だからって他人のお二人さんよ、親子の団欒をいつまでも邪魔してくれるな、とも思った。そう、このカップル、勝手に話が盛り上がっちゃって、いつまでも解放してくれないのだ。
 この酒エッセイシリーズでも何度か書いて来たように、ぼくは昔から酒場で話しかけてくる酔客が嫌いだ。酔客が、というより、素性も名前も性格も趣味もわからない他人と飲むことが苦手なのだ。
 いつもなら無視するか、拒絶するか、店を出てしまうかの3択なのだが、その日は娘が一緒だったし、この店では知人が働いているので、そんなところで事を荒立てたくはない。だから我慢して、それなりに楽しく受け答えして相手が話し疲れるのを待った。その程度の処世術は持ち合わせている。
 それと、途中からは「そういう酒場の雰囲気を娘に学ばせたい」という意図もあった。この翌年、娘はCGを学ぶための専門学校に進学する。未成年とはいえ、コンパに誘われることもあるだろう。そうしたときに、女の子たちの前でイキがってみせたい男子のテンションに合わせて飲んでしまうと、泥酔して酷い目に遭う。そうならないために、大人の飲み方を少しでもたくさん見せておきたいという親心だ。
 酒は楽しく飲むもの。楽しいってのは「ウェ~~ィ!」と叫んで大騒ぎすることじゃないし、たくさん飲めるのが偉いってことでもない。娘にはそれをちゃんと知っておいてほしいのだ。

※在学中、結局コンパに誘われることはなかったらしい。CGの学校にはパリピなど全然いなかったようです。

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