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46 酒と油

酒好きのことを「左党(さとう)」という。

酒と甘いものはあまり相性がよくないのではないかと思うのだが、なぜ酒好きのことを砂糖(さとう)なんて呼ぶのだろう? そう疑問に思ったので検索してみると、その語源はすぐに見つかる。

江戸時代、大工は右手に槌(つち)を持ち、左手に鑿(のみ)を持つ。そこから左手を「ノミ手」と呼び、それが転じて「飲み手」となり、酒好きのことを「左利き」と呼ぶようになった。その派生で「左党」という言葉が生まれたという。なーるほどー。

ノミ手を飲み手に読み換えるのは、まあ駄洒落みたいなもんだが、左党を砂糖に誤読するのも駄洒落のひとつ。ともかく、酒と甘いものは相性が悪い。

神保町の某町中華。そこではいつも瓶ビールのアテに肉野菜炒めを頼むのが定番だったが、あるとき気まぐれで揚げ餃子を頼んでみた。カリカリに揚がった餃子に醤油をジュワッとかけたら、さぞうまいだろう。味を想像したぼくの口内にはヨダレが溢れてきた。

「ヘイ、お待ち!」

と、店員さんがテーブルに置いた揚げ餃子を見て、ぼくは目を疑った。きれいに並んだ揚げ餃子の上には、どろりと甘酢餡がかかっていたのだ。「甘味+酸味」は、ぼくがこの世でもっと苦手とする味付けだ。もはや毒液といってもいい。

ネガティブな話ばかりしていても仕方ないので、例外のことも書いておこう。

あえてアルコールに甘いものを合わせる例のひとつに、「ウィスキーとチョコレート」の組み合わせがある。これはぼくも嫌いじゃない。甘いもの全般は苦手でも、チョコレートだけは好きだからという理由もあるにはあるが、蒸留酒のまろやかさとチョコレートの苦味を含んだ甘さは相性がいい。

いつだったか、行きつけのバーでの燻製パーティーに参加したことがある。燻製マニアの常連さんが、様々なものをスモークして持ち込んでくれたのだ。

サーモン、ソーセージ、チーズ、茹で玉子。この辺は間違いない。煙で燻しただけなのに、なぜこんなにおいしくなるのだろう。

変化球としてはタクワンというのもあったが、これはいぶり漬け、通称いぶりがっことして知られる秋田県の名物料理だ。

この日、いちばん驚いたのはカントリーマァムだった。わかりますか、カントリーマァム。スノーボーダーの國母和宏は英訳すればカントリーマァムだと誰かが上手いことを言ったが、そっちのカントリーマァムじゃなくて、チョコチップの入ったクッキーの方のカントリーマァム。

まさかそんなものがと思いきや、これがズバ抜けてうまかった。甘味と煙味は意外に合うという発見。

かんぴょう巻きで酒を飲むのはご勘弁願いたいが、いなり寿司で飲むのは大好きだ。かんぴょう巻きといなり寿司。同じ甘味系寿司でありながら何が違うのか。

「油」である。いなり寿司の場合は、甘みよりも油のくどさが前面に出ていて、それが逆に酒のうまさを引き立てる。うまさというか、爽やかさ、と言った方がいいだろうか。いなり寿司をガブリといって、口の中がアマアマのギトギトになったところにビール、もしくは酎ハイを流し込む。爽やかー!

酒のつまみの話はこれまで何度も書いてきたが、その真打は「油」ではないか。実際、酒と油はよく合う。合いませんか? 合うでしょう。たとえば居酒屋に行って、つまみのメニューを見る。すると驚くほど揚げ物が多い。「天ぷら」「串かつ」「鶏の唐揚」は揚げ物つまみの三横綱。「ちくわの磯辺揚げ」というのも居酒屋のメニューでは定番だ。焼き魚だって、脂がのったやつほどうまい。

みんな認めたくないだろうが、究極的には油さえあれば酒が飲めるんじゃないか。

以前、「そうめんは水を食べるもの」という話題に触れたことがある。ようするに、そうめんは麺そのものよりも、それをたぐるとき一緒に引き上げられる水の良し悪しが味を決めるということ。

その伝で行くと、「レバ刺しはゴマ油を食べるもの」だし、「バゲットはオリーブオイルを食べるもの」だ。たぬき(揚げ玉)そばだって、あれはそばに小麦粉を追加しているのではなく、油を追加しているようなものだ。

冷奴では物足りないが、たぬき豆腐にした途端に酒のつまみ度がグンと上がるのも、つまりはそういうこと。

歳を重ねるに従って、脂ものがダメになっていくとはよく聞く話だが、いまのところ脂ものに抵抗を感じない自分は、まだまだ酒飲みとして現役といえるのかもしれない。もし、脂もの系のつまみを無意識に避けるようになっていたら、それは(酒飲みとしての)死が近づいているということなのだろう。

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