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09 おでんの湯船

 熱い食べ物が好きな人間にとって、おでんは特別なご馳走だ。毎年冬になると4~5回はおでん鍋を作る。なんなら真夏だってやりたいくらいだが、そんなに鍋物が好きでない老母が許してくれない。ぐぬぬ。
 ぼくのファーストおでんは、地元の公園の周辺にやってくる屋台だ。屋台といっても、暖簾とベンチがあって、会社帰りのオヤジが一杯やるような赤提灯スタイルではなく、お好みのおでんを串に刺してくれる引き売りスタイル、つまりチビ太が持ってるアレだ。アレは漫画の世界だけの出来事ではなく、昭和の下町では当たり前のように見られたものだった。
 チビ太のおでんは、串に3つのタネが刺してある。漫画のディテールではタネの特定まではできないが、形だけ見ると上から三角、丸、長四角であることがわかる。ということは、三角は「はんぺん」か「こんにゃく」、丸は「ボール」か「玉子」、長四角は「ちくわぶ」か「ゲソ巻き」といったあたりなのだろう。
 関西方面の人は「ちくわぶ」に馴染みがないと思うが、関東の人間には「牛スジ」や「鯨のコロ」に馴染みがないのだからお互い様だ。大人になっておでんの牛スジを食べてみたらたいへん美味しくて、以来、自宅でのおでんにも欠かさず入れるようになった。よく、地方の独自の味付けや特殊な素材を笑ったりする人がいるが、そういう偏見はよくない。偏見まみれのぼくが言うのだから本当だ。

 以前、友人らと広島へ遊びに行ったときのこと。
 福山市に自由軒という有名なおでん居酒屋があって、そこで飲むのを楽しみにしていた。現地での用事を終え、店に向かう。暖簾をくぐって店内に入ると、コの字カウンターの中は大きなおでんの鍋。まるで湯船のような大きさだ。鍋の中には様々なタネがグツグツと煮られている。「にられている」って変な日本語だな。まあいいか。
 思いっきり湯気を吸うと、カツオだか昆布だかのいい香りが鼻腔をくすぐる。タネは「焼き豆腐」と「厚揚げ」と店の名物らしい「ロールキャベツ」をセレクト。さあ食べるぞー、と思ったところで店員さんがその皿に甘~い味噌ダレをどぶどぶどぶーってかけてくださった。全部台無しー!
 でも、まあ、仕方ない。これがこの土地の味なんだから。

 おでんの話題は、酒エッセイでもたびたび書いている。「酔ってるス」の第8回に「まぼろしの釣り堀おでん」、第9回に「灼熱のおでんうどん」、第17回に「おでんのだし割りの衝撃」、「マニタ酒房」の第8回に「おでんの外人部隊」、第40回に「屋台千金」がある。どんだけおでんのことばかり語っているのだ。
 なかでも「おでんの外人部隊」は、変化球的なおでんのタネだけでおでんを構成してみたらどうなるかという、我ながら好きなネタで、あるWebマガジンにコラム企画として提案してみたけど無視されてしまった。無償でもやりたかったのでnoteで書いたという次第。
 家の風呂をおでん鍋に改装したいくらいおでんが好きなぼくでありますが、不思議なことにおでん専用の鍋(銅製で四角くて十字の仕切りがあるやつ)は持っていない。そのうち買おうと思いつつ、用途が限定的過ぎて、いまいち購入に踏み切れないでいるのだ。
 おでんに、湯豆腐に、鍋物にと八面六臂の活躍をしている我が家の土鍋が、ヒビも大きくなってきたしフチも欠けてきた。そろそろ書い替え時かもしれない。おでん専用鍋に。

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