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41 汁で飲む

渋谷・兆楽のかた焼きそばの残り汁が、いい酒のつまみになるという話は以前にも書いたが、何らかの汁を肴に飲むのはいいものだ。そんなことを考えるのは、自分が少食だからかもしれない。

世の中というのはだいたいにおいて大食い(ぼくから見ての大食い)の人を基準に設計されている。

ラーメン屋に行くと「ごはん無料でお付けできますが?」と聞かれるし、かつ丼のごはんは多いし、そば屋のかき揚げはデカい。ビリヤニって好きな料理なんだけど、どこのカレー屋に行っても二人前ぐらいの量で出てくるので、なかなか頼みづらい。

日々、そんな大食い人種(と書いてマジョリティと読む)と戦っている自分なので、居酒屋のメニューに汁的なものがあると嬉しくなってしまう。

以前、浅草のとあるもつ焼き屋に行ったら、壁に貼られたメニューに「カレーのル」というのがあった。何かと思って頼んでみたら、茶碗にカレーの「ルー」が盛られて出てきた。ルーの中には小さめのジャガイモがひとつ。なぜか音引きがなくて「ル」だけなのが可愛らしいが、盛られた量も可愛くて、少食オヤジの酒のアテにはぴったりだった。

亀有の江戸っ子はもつ焼きだけでなく煮込みも素晴らしくうまいのだが、いかんせん量が多い。そういうときは「煮込み、豆腐多めで」と注文すればいい。すると、もつの量を半分くらいに減らして、かわりに豆腐を増やしてくれるのだ。本心では「煮込み、汁だけで!」と言いたいところだが、嫌がらせだと思われてしまうので、そんなことはしない。

自分がこの世でいちばん好きな汁は、永福町・大勝軒の中華麺の汁である。だが、ご存知のようにあそこはとにかく量が多い。麺2玉なのが基本なのだ。したがって、その麺を平らげるのが精一杯で、大好きな汁をほとんど飲むことができない。水筒と漏斗でも持参して残り汁を入れて帰りたいところだが、こんどは他店のスパイだと思われてしまうだろう。

そういえば、大勝軒にはお持ち帰りセットがある。それを利用すれば、家でラーメンを食べ、残った汁は晩酌のときのつまみ汁にできる。まだ実行したことはないが、いつかやってみたい。

ちゃんとした蕎麦屋には「天ぬき」という頼み方がある。天ぷらそばから「そば」を抜いたもので、温かいそばのかけ汁に天ぷらがプカプカ浮いている。これを最初に考えた奴は、きっと少食だったに違いない。

歳をとって胃腸が弱り、少食傾向がさらに進んでいる身としては、天ぬきですら重いと感じることがある。そこで、つゆだけ出してくれる蕎麦屋があったらいいな……と一瞬考えてみたが、さすがにそれでは軽すぎる。天ぬきの何がいいって、天ぷらの油がそばつゆにコクを与えてくれるところなのだ。

そこで思いついたのが「たぬき」だ。

そばつゆにたぬき、すなわち天かすだけ浮かべてもらう。たぬきそばのそば抜きで、すなわち「たぬきぬき」。これを略して「たぬき」だ。略したことになってるだろうか?

酒友1号のキンちゃんに「アンタはどんな汁が好きか?」という話をしたら、奴め「ぼかァ、クラムチャウダーっスね」なんて、シャレオツなことを言いやがった。自分はそんなものを出す店に行ったことがないのですぐには絵が浮かばなかったが、ああ、クノールかなんかの箱入りのをスーパーで見たな、と思い出した。

あの白さはミルクかと思ったら、基本は小麦粉で、それをミルクでのばすのだと言う。ってことは、ゆるゆるのホワイトソースみたいなもんか。

「クラムチャウダーはクラム(clam=ホンビノスガイ)のチャウダー(chowder=汁物)ですから、二枚貝がメインの具で、あとは玉ねぎとかセロリの野菜類を入れます」と、さすがは英文科出身のキンちゃん。スラスラ答えてくれる。「ま、アメリカの豚汁みたいなもんスね」と余計なことを付け加えるところがいかにもアイツらしい。

さて、あなたの好きな汁はなんですか?

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