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37 酒がこわい

落語に「まんじゅうこわい」という有名な噺がある。ここでの「こわい」はわざと意味を逆転させているので、実際には大好物という意味だ。

それにならって言うなら、ぼくは「酒がこわい」だ。ああ、こわいこわい。おいらァ酒がこわい。とくにキンミヤ焼酎をキンキンに冷やして、炭酸で割ったやつがいちばんこえェ。

普段の会話で「ぼくはタレ目の女の子に弱くてねェ……」などと言うときは、その本心はタレ目が苦手なのではなく、むしろタレ目の子を見るとすぐ好きになっちゃう、といった意味になる。つまり「弱い=好物」ってことだ。

そして「弱い」の反対は「強い」であるから、タレ目に強いということは、タレ目の女の子に対して抵抗力があると言う意味になる。つまり「おれはタレ目ぐらいでは簡単に好きになったりしないぞ!」ということなのだが、強がりを言ってるようにしか見えない。実はタレ目の女の子、みんなも好きでしょ。

「酒が強い」「酒が弱い」という表現がある。素直に解釈するなら、「酒が強い=いくら飲んでも酔わない」、「酒が弱い=少しの酒ですぐに酔ってしまう」ということになる。これは間違いない。

ところが、先ほどの「タレ目の女の子に弱くて……」のニュアンスをここに持ち込んでみると、ちょっとややこしいことになる。「おれは酒に弱くってねえ」と言われたらどう思いますか? この人は酒好きなんだなァ、とは思わないでしょう? 単にアルコールの分解能力が低い人、酒好きではない人って感じがしてしまう。

でも「タレ目に弱い」の流れで言うと、「酒に弱い」は「お酒だーい好き」という意味だと解釈することもできる。

日本語って難しいですなあ。

好きであることを、かつては「目がない」という言い方をした。おそらく“盲目的に好いている”という意味だと思うが、いまではこのような表現は憚られる。少なくともテレビ・ラジオなどの放送倫理ではアウトだろう。

ずいぶん昔、青山正明氏がコラムの中で「手短に言うと」と書くべきところを「○○○○に言うと」と書いていた。すなわち「手短に=手が短い=○○○○○○、それを4文字に略して○○○○」という連想なのだ。倫理的にアウトどころの話ではない。こんな酷いギャグにはとても共感できないが、青山氏の鬼畜としての生き様の徹底ぶりに恐れいった覚えがある(一旦は伏字なしで書いてみたものの、あまりにも不謹慎すぎるのでやはり伏字にしました)。

酒に話を戻そう。

酒場で日本酒を飲んでいる。カウンターには四角い升が置かれ、その中には細身のグラスが収まっている。そこに並々と酒を注ぎ、あふれた分を升が受け止めてくれる。いわゆる「もっきり」というスタイルだ。

グラスの酒を飲み干し、升にあふれた酒も飲み干して空になる。店主が「おかわりいかがですか?」と聞いてくる。酔いが回り、そろそろ引き上げどきだと感じたぼくは「もうたくさんで」と答えるのだが、なぜか店主は「はいよっ!」と一升瓶をつかんで、再びこぼれるほど注いでくる。そっちの「たくさん」じゃねーのよ。

仕方なく二杯目も飲み干し、今度こそ帰るべく「勘定して」と言えば、店主は「いや全然ダメだね。この辺は再開発が始まってから客足の流れが変わっちゃったの」なんて言う。「勘定して」を「繁盛してる?」と聞きまちがえたようだ。

やはり、日本語って難しいですなあ。

行きつけのバーのマスターに「とみちゃんは、こわいものある?」って聞かれたとき、「焼酎、日本酒、ビール、ウイスキー。酒にもいろいろあるけど、おれは酒そのものがいちばんこわいねえ」と言ったら、ポカン……とされた。

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