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42 酒場のチンポジ問題

いつもの酒場に着く。暖簾をくぐる。店内を見渡すと、カウンターの端に一席だけ空いている。そこへ歩み寄ってストンと座る。座ったのはいいが、何か居心地が悪い。どうも落ち着かない。腰まわりがムズムズする。

足を組み替える。椅子の位置を調整する。ベルトを緩める。ポケットの中のスマホを取り出す。鍵束も取り出す。ハンカチがわりの手拭いも取り出す。ズボンのポケットを空にして、ようやく人心地ついたような気がして、酒を飲み始める。

こんどはテーブルのガタツキが気になり始める。

酒場の床というのはツライチとは限らない。元々の普請が雑であったり、増築の影響でデコボコになっていたりする。そこへテーブルを置いたなら、そりゃあガタツキもするだろう。折りたたみテーブルだったら、足の底にあるネジを回せば高さを調節できる。そうでない場合は、折り畳んだ紙を挟むなどして高さ調整をする。

すでに無くなってしまったが、有楽町のガード下にお気に入りの安酒場があった。店名は忘れてしまったが、ぼくは勝手に「ダンベル酒場」と呼んでいた。なぜそんな名前かというと、そこは安酒場にありがちなようにテーブルがガタガタするのだが、それをテーブルの脚にくくり付けたダンベルで固定していたからだ。

その解決法は強引にもほどがある。だが、それが愛おしい。

酒場では、自分のボジションが定まらないことは往々にして起こる。それは自分の側に問題があることもあれば、店の作りに問題があることもある。理由は様々だ。それらを総称して、ぼくは「酒場のチンポジ問題」と呼んでいる。言葉の意味は説明しない。

どこをベストポジションと思うかは、人によって違うだろう。テレビを見たい人、窓際が好きな人、炭火の煙を浴びたい人、店員さんと話をしたい人、喫煙コーナーの近くに行きたい人、トイレが近い人。

ぼくは、なるべく静かで、誰からも邪魔されず、孤立できる場所を好む者だが、そういう希望通りの場所に案内されるとは限らない。やかましいグループとグループの間の席に案内されてしまうこともあるからだ。

そうなったときに不満を言うのは簡単だが、なるべくならそんな環境ですら楽しめるようになれたらいいなとは思う。それができてこそ、一人飲みの上級者といえるだろう。

東京の町田市に、馬肉料理で有名な「柿島屋」という店がある。ぼくも年に1回くらいの頻度で利用しているが、ここはアリーナと座敷では値段が異なっている。アリーナというのは入店して手前側のフロア(長テーブル)席のことで、座敷は文字通りフロアの奥の一段高いところにある座敷席(掘りごたつ式)だ。

アリーナ席は安く、座敷席は高くなるというのは、バーなどでカウンターは無料だけどテーブル席にはチャージが付くというシステムと似たようなもんだが、柿島屋の場合は席料ではなく、差額は料理に乗せられている。たとえば、この店の一押し料理である「肉なべ」は、アリーナでは1,320円だが、座敷では1,750円となる(本コラム執筆時点)。その差、約400円。

これを高いと思うか、安いと思うか。

財布に余裕のある人なら、そりゃあ座敷席で飲みたいと思うだろう。だが、これは貧乏人の負け惜しみでもなんでもなくて、ぼくはアリーナ席のほうがいいと感じてしまうんだな。

どう説明したらいいだろう。アリーナのベンチ状になった長椅子に腰掛け、長テーブルの上のコンロでグツグツ煮えてる肉なべをつつく。食べて飲んだらサッと帰る。この“落ち着きすぎない”感じ。ドカッと腰を下ろす座敷では決して味わえない借り物の自分。

これが、酒場のチンポジ問題とも無関係ではないように、ぼくには思える。あえてホンの少しだけ居心地の悪さを残すこと。それによって、また次なる来店の機会につながる感じ。

ぼくはいま、すごくハイレベルなことを言ってるという自覚はある。スノッブともちょっと違う。狂いすぎていて理解が得られにくい感覚。この話、どれくらい皆さんに伝わるだろうか。

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