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ラニーエッグボイラー 第10話「宇宙人と人類と卵の三角関係」

こんにちは、母星のみなさま。
こちらは観測できる範囲の限界地点にある銀河の、ようやく生命体を観測できる位置まできました。
そちらは今、雪でも降っている頃ですか?
宇宙は果てしなく広く、宇宙船の外に見える星の光はどこまでも美しくて、最初は田舎に帰ってきたような気持ちになりましたが、今は慌ただしかった生活を懐かしく思います。
これから現地語で地球と呼ばれている惑星に到達するので、気を引き締めたいと思います。

追伸
割と質の良い宇宙食とはいえ飽きてきました、黄身がトロトロのあったかい茹で卵が食べたいです。

それでは、また次の定時報告で・・・


▼ ▼ ▼


という報告を送ってから数日、私は地球という文明レベルの低い惑星へと降り立った。
そのまま現地調査をして情報を送り、この星を寿命の尽きそうな母星に代わる移住先とするか判断を仰ぐはずだったのだが、なにをどう間違ったのか宇宙船は原因不明の故障、通信機器も原因不明の故障、その他諸々すべて原因不明の故障に陥り、どうにも出来なくなってしまったのだ。
世の中、上手くいかないことばかりだ。生存環境としてはこれ以上ないくらい上等な星だというのに。

私の名前は■■■■■■■■■■■■、地球の発音でいうとジルスセグォグッワッニラ、辺境の星へと派遣された調査員だ。


▷ ▷ ▷


①宇宙人による現地調査『観察対象【共食魚骨】の場合』

地球に到達した私が最初に遭遇したのは、まだ子どもといっても差し支えない年齢の少女だった。
少女は小柄で痩せていて、存在感が極端に少なく、観測機器が無ければ今にも見失ってしまいそうな、まるでジャマーでも使われているようなステルス性を全身に帯びていた。
事前に観測した情報によると、日本という国の子どもは学校というものに通っているはずだが、この少女は一体どういうことなのか。同年代の少女の大多数は中学生という職業に就いているが、そういう点ではこの少女はプレーンな状態なので、最初の調査対象としては悪くないかもしれない。
そういうわけで第1次接触を試みた。

「やあ、お嬢さん、こんな真っ昼間に学校にも行かずにどうしたんだい?」
「……私に関わらない方がいいよ」
「まあまあ、そんなこと言わずにちょっとお話でもしないかい?」
「……しない。でかいペンギンと話すことはない」

おかしい。日本という国ではペンギンがそれなりに人気があるはずだが、なぜ警戒されるのか。
カラーか? カラーリングは子どもが好きそうなピンク色だ。
サイズか? サイズは子どもが安心できる頼れる大きさの3メートルだ。
スメルか? スメルは日本で最も好かれる食べ物のカレーに似せた。

「まあまあ、ボクは怪しくないただのペンギンだよ」
「そんなでかいピンクのペンギンはいない……」
「そうなのかい? それより自己紹介から始めようよ。ボクはジルスセグォグッワッニラ、呼びづらければペンギンさんでもいいよ」
「私は共食魚、本当の名前は共食魚骨」
「ギョホネ? す……ステキな名前、なのかなあ?」
「少なくとも良い名前じゃないよね」

私はすぐさま少女のデータを登録しようとした。しかし彼女の名前を端末に記録しようとした瞬間、端末にも遠隔でつながる宇宙船にも原因不明のトラブルが生じたのだ。

Error データ登録に失敗、母星への直接通信を実行
Error 通信機器の起動に失敗、再起動を実行
Error システムへの不明の干渉を確認、記憶装置のデータバックアップを開始
Error 記憶装置の起動失敗、破損データのサルベージを開始
Error データ消失、宇宙船の全システムの保護を開始
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 失敗、再度試行する
Error 宇宙船の全システムロスト

……宇宙船が壊れた。

「うわあぁぁぁぁぁぁ!」

そりゃあ思わず叫ぶさ。だって宇宙船が壊れたら、母星に帰るどころか、このまま地球で一生過ごさなければならないんだから。
しかも宇宙船は、現地生物からの攻撃を避けるために4次元空間に置いている。3次元空間にある地球からは4次元に干渉できないので、向こうから来てもらうしかないのだが、宇宙船のシステムがロストしたということは次元干渉はおろか操作自体が出来なくなった可能性が高い。
そんな最悪な予想は最悪な感じで正解で、宇宙船は3.5次元ともいうべき次元と次元の狭間に閉じ込められてしまい、自分を含めて限られた人数からは観測出来るものの、物理的な干渉も出来ず、時間の流れからも取り残されて、ただそこにあり続けるだけの破壊不可能な卵型のオブジェクトとして存在することになってしまったのだ。

「まさかさっきの少女が原因で? 少女? そんなのいたっけ……?」

確かに私は少女と遭遇したはずだが、脳の記憶回路に靄がかかったように思い出せない。
トモハミなんとかという名前だった気がするが、わずかに記憶に残った名前もすぐに消失してしまいそうで、そんなことは起こるはずがないとわかっていても、現実には少女の姿を見失い、ついさっきまで捻り出せた名前を完全に忘れてしまった。
そして何があったのかも思い出せなくなった私は、奇妙なピンクペンギンとして、生涯この地球で生きていく羽目になったのだ。

冗談ではない。
私は絶対に母星に帰ってやる。そのためには宇宙船をどうにかして回収しないと……。


▷ ▷ ▷


②宇宙人による生存記録『非友好的生物【金御寺】の場合』

私の母星は地球とは桁違いの文明レベルを誇っていた。
そのため私は調査員をするまで働いたことがなく、私に限らず母星の同胞たちの99%は半永久的に育ち続ける食糧を食べ、病気になったらクローンを使った予備のボディと交換して、日々酒を飲みながら怠惰に暮らしていたのだ。酒を飲むのは、文明レベルが高まり過ぎると並大抵の娯楽では物足りなくなり、暇潰しの遊びはすべてやり尽くしてしまい、最終的には酒を飲むくらいしかやることがなくなるからだ。
そういうわけで、下賤な労働をしたことのない私はピンクペンギンとしての長所を活かして、客寄せパンダ、もとい客寄せペンギンとして住宅展示場やイベント会場、遊園地、そういった場所で日雇い労働に勤しみながら、どうにか飢えを凌いでいた。

「パパー! ペンギンさん! ペンギンさんがいるよ!」
「ほんとだなあ。でっかいペンギンさんだなあ」

目の前に現れた親子は、身長2メートル近くありそうな屈強な体格をしたギョロ目の人相の悪い男と、どうやったらこの遺伝子から生まれるんだという可愛げたっぷりな幼女だった。

「ペンギンさん! ペンギンさん!」
「よーし、写真を撮ってやろう。パパが頼んできてやる」

どうやらこの男は子煩悩な優しい生き物のようだ、生物は見た目で判断してはいけない。
「おい、ペンギン。ここは俺の縄張りだが、誰に断って商売してるんだ? 今度ショバ代取りに来るから500万用意しとけ」
前言撤回、生き物は見た目で判断するべきだ。

「ペンギンさん、バイバーイ!」
「じゃあ、またな。ペンギンさん」

二度と会いたくないから、もうこの辺りには近寄らないようにしよう。


▷ ▷ ▷


③宇宙人による帰還計画『予期せぬ【ジャイアントパンダ】と【チンピラ】との遭遇』

地球に降り立って10年近くたったが、その間、金御寺だけでなく他にも様々な危険生物と遭遇した。
中には私を闇の政府のカモフラージュだなんだと因縁をつけてきた醜い容姿の雌もいれば、山の中で宇宙船を崇め始める変な雄もいた。危険な武器を扱っているような連中もいたし、バイト先で一緒になった芸人からは合成麻薬を買わないかと持ち掛けられたりもした。
そういった諸々の辛酸を舐めた結果、私はやはりこんな星にいるべきではない、帰還するべきだと決断した。
幸いにも我々の知的レベルは非常に高度で、有人宇宙船を作ることなど積み木遊びのようなものだ。
そのはずだった。
しかし私が求めるレベルの部品が片っ端から無く、ならばそれを作ってしまおうと思っても今度は生み出す技術が追いついていない。
要するに設計図を書いた段階で、計画は完全に頓挫してしまったのだ。
そして私は完全に野生のピンクペンギンとなり、せめて人間からの脅威に怯えずに済むように山中に潜伏して生活することにした。

「ぬぅっ、全然火がつかない……」

これまで最大の敵は人間そのものであったが、現在の最大の敵は擦れども擦れども一向に火がついてくれない焚き木だ。
火がつかねば生活どころではない、せめてライターくらいは買っておくべきだったか。そう悔やむ私のところに、突如として野生化したジャイアントパンダと野生化した人間のコンビが現れて、私を瞬く間に縛り上げて、手慣れた様子で焚き火を熾し、その傍らに簡易的な肉焼き台を組み立てたのだ。
「ランパオ! 今日の飯はペンギンだ!」
「ペンギンハ食ッタコトガナイナ! タノシミダ!」
「待て! まずは話し合おう!」
「ペンギンガシャベッタダト!」
私は姿こそピンクペンギンではあるが、ペンギンではない。当然言語を扱える。
むしろ目の前のパンダがなぜ喋れるのかの方が疑問だが、今はそんな些細なことを気にしている場合ではない。食糧危機からの脱却が最優先だ。もちろん食べられる側としての。


「へぇー、宇宙人ってペンギンだったんだな」
「ウチュージン、キサマ、ツヨイノカ?」

人間はアヨンという名前で、色々あって殺し屋に狙われていて、2年ほど前から山の中で猿のような生活をしているそうだ。
パンダの方はランパオと名乗っていて、なんで喋れるのかさっぱりわからないが、修行の果てにパンダ拳法を極めたそうだ。
2匹とも食糧を狙ってしばき倒した野生の猿を焼いて、もりもりと食べている。
日本での食事にすっかり慣れてしまった私は、よくそんなもの食べれるなと思うが、そもそも母星でもそんなものは食べてる者はいない。

「要するに宇宙にいければいいんだな。じゃあ、ロケットの打ち上げ現場に行って盗もうぜ」
「ホシケレバウバエ! タタカエ!」

馬鹿は話が早いというが、その理由が今日理解出来た気がする。
馬鹿は話を聞かないし、馬鹿はなんでも腕力で解決しようとするし、馬鹿は後先考えないからだ。
しかし、おおよそ実現不可能なことを成し遂げようとするならば、私も馬鹿に倣ったほうがいいのかもしれない。

こうしてピンクペンギンとジャイアントパンダと野良人間による、ロケット強奪作戦が決行されたのだ。


▽ △ ▷


作戦? もちろん失敗した。
なんせピンクペンギンとジャイアントパンダと野良人間だ。そんな馬鹿界のズッコケ三人組、歩いているだけで目立って仕方ない。
山を下りて人里に足を踏み入れた瞬間に、地元の警察と猟友会が出動して、アヨンは警察に捕獲されてどこぞの病院へと移送され、ランパオは元いた動物園へと送り届けられて、私はどうにか逃げおおせたものの再び山生活に逆戻りだ。
せめて食糧だけでも確保しなければと山の中を方角もわからず歩き続け、いつの間にか高速道路の高架を潜り抜けて、ようやく食糧を確保できそうな建物へと辿り着いた。建物は卵工場らしく、中からヒヨコの声が微かに聞えてくる。卵だけでなく、鶏肉も確保できるかもしれない。
期待値を高めながら工場へと近づくと、そこにひとりの作業着姿の女が通りがかった。

「あっ、でかいペンギン」
「人間!」
「しかも喋るのか」

ペンギンが喋ったんだから少しは驚けと思ったが、とにかく腹が減っていることを伝えると、昼ごはんに食べようと持ってきた茹で卵をわけてくれた。
この女は卵工場で働いているらしく、料理は趣味ではないものの茹で卵作りはちょっと得意なのだとか。
茹で卵は半熟で黄身がとろけるようで大変に美味しく、久しぶりに食べたまともな食事に眼球から体液がこぼれそうになる。
こぼれたのは体液ではなく、尻から転がり落ちた卵だけれど。
特に説明するまでもないことだが、我々は時々尻から卵を産み落とす。有精卵だったり無精卵だったりするが、大きさはダチョウの卵程度で味は鶏卵と比べてやや薄味だ。栄養バランスは良く、山中に潜んでから飢えずに生き延びてこれたのは卵のおかげだ。

「そうだ、人間。お礼に卵をあげよう」
「いや、いらないけど」

私は両手のヒレで行き先のない卵を挟んで、呆然と佇むのだった。


▷▷▷おまけ