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私は青春をあきらめたくない

明日、学校の文化祭のようなものが開催される。
学校の運営資金を貯めることが目的のようだが、それを生徒にさせるのが面白い。生徒と担任の先生たちはその用意に追われせわしなく動いている。今日の昼ごはん後から準備すると朝礼で言われたのに、午前中の授業には誰一人来なかった。狭く息苦しい職員室を離れ、みんなの準備する様子をぼーっと観察する。青春の海にひとり泡の中に閉じ込められているよう。生徒にはなれない除け者感と、先生になりきれない疎外感。でもみんなの輪に入りたくて頑張って近づいていく。私をみると必ず話しかけてくれる一番歴の長い先生。気にかけて連れまわしてくれる人気者の先生。いつも笑顔で話してくれる年の近い先生。バレーの練習に行けなかったら、私がこなくてとても悲しかったと言ってくれた高2の生徒。走って私のところまで話しかけに来てくれて、明日絶対来てね!って言いに来てくれた中1の生徒。ほかの子たちと話してるときに何度もやってきて、こんにちはって話したそうにしてくれた授業もってないクラスの生徒。わざわざチャットまでしてきて、私と話したいといってくれる高3の生徒。たくさんのみんなからのほどこしを感じる。これを愛情だと呼ばせてほしい。

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高校の文化祭を思い出していた。私の学校は特殊で、文化祭で地域のまつりを模倣したねぷた運行をおこなう。そのために各クラスで1台、ねぷたと呼ばれる山車をつくっていた。文化祭当日の2,3週間前になると午後の授業がなくなる。私は3年間土台担当だった。中庭に用意された小屋でねぷたの土台をつくる。正直、記憶が薄い。覚えているのは、本格的な設計図があったこと、ねじを使わない木の組み方、ひとりでも居心地のいい小屋の空間。戻れるならもう一度、あのときに出かけたい。確かにあの時間はかけがえのない青春だったはず。なのにどうして、こんなにも覚えていないのだろう。

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私が高校生活で覚えていること。毎年クラス替えがあるのに、担任の先生が3年間一緒だった奇跡。3年間クラスが一緒だった腐れ縁に近い友達。いまよりずっと八方美人だった自分。財力の違いにカルチャーショック。人生に多大な影響を与えられた、考えることを学んだ部活。文化祭で仲が悪くなった男子バレー部。多数派の親の権力に負けてUSJじゃなくディズニーになった修学旅行。人生で唯一告白した好きな人。その人を好きだった時に人間関係が複雑に入り組んでいたと後から知ったこと。

自称進学校だったから、勉強は結構大変だった。大変だったはずなんだけれども。覚えているのは人の事ばかり。人からもらった優しさとか、気恥しさとか、褒められたこととか、甘酸っぱい視線とか。私の青春は、いつも、人との関係をあきらめていなかった。人に夢中だった。

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人に夢中なことを青春だと呼んでいいなら、わたしは青春をあきらめたくない。今はあのころよりも、多くの世界をしった。自分の正義感を振りかざしていい悪いを決めることができなくなった。社会の常識的な倫理観だけがすべてではないことをしった。もう、あのころほど真っすぐに自分が世界だと思えなくなった。相手を自分と同化し、最善に導こうと手を貸すことは悪なのではないかとさえ思うようになった。でもやっぱり人が好きだ。みんなに好かれなくていいから、自分は好きでいたい。好きだからあきらめたくない。こんなところが好きなんですって、恥ずかしげもなく伝えたい。そんなことを言える青春をずっと過ごしたい。私の人生に色をつけてくれるのはいつも人だから。

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