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袋ラーメンと私

食べられるお守り

海外に来て数か月。自分の家も仕事もすでに体に馴染み始め、海外に住んでいることを忘れそうになる。言語が十分でなくとも意外と生きていけるし、家に一人でいるときなんて日本と何も変わらない。だが時折、体に住み着いた寂しさがひょこっと顔をだす。手に入らないことで忘れ去られていたはずの食べなれた料理の記憶が沸々とわいてくる。お刺身…山国だから手に入らない。納豆…かろうじて手に入るがかなりの高級品。東京の店でランチできちゃう。玉子豆腐…地元の、あのメーカーのがいい。結局手に入らないことは変わらないから、この寂しさを満たす方向はいつも一つ。サッポロ一番塩ラーメン。お母さんの実家の味。家でも食べていたが、お母さんの実家で出てくるラーメンはいつもサッポロ一番塩ラーメンだった。

サッポロ一番塩ラーメンは絶対に恋しくなると踏んで入国時の荷物にいれてきた。ほかの食べ物は期限があったり持ち込めなかったりするから、かさばるがこいつだけはと無理やり詰め込んだ。私にとってのお守り、家族と親戚を同時に思い出せる味。

規定量のお湯を沸騰させて、先にちょっと野菜をいれる。本当はもやしとキャベツがいいけど、もやしは手に入らないからありあわせの野菜を突っ込む。野菜がくたってきたら麺を入れて3分。ちいさな故郷の誕生。大切に大切にすする。懐かしい味。大好きな、落ち着く味。私の中の寂しんぼもこれを食べてちょっと落ちつく。あと1袋しかないから、日本からくる友達に持ってきてもらおう。それまでは食べられないお守りに。

おちつかない夜

いつものように学校での授業を終え、まっすぐ歩いて家に帰る。今日はなんだかふわふわしている。携帯を眺めても、やることはない。SNSがつまらなく思えて顔をあげる。まだ時間は17時。Youtubeでお気に入りアーティストを検索したらスタートの合図。夜ご飯の準備をはじめる。たいした食材がないから、今日は罪悪感隠しの野菜入り袋ラーメンにしよう。

メインは冷蔵庫に入れるのを忘れて3日ほど放置してしまったキャベツ。外葉以外は無事で、野菜の生命力に感激する。日本より3分の2程度サイズのそれを半分にし、ラフにざく切りにする。残り半分は次の機会に。タケノコだったら食べられないくらいのサイズまで成長したアスパラは、根元を長めに落としピーラーで軽く皮を剥く。うちのスタメンであるマッシュルームは食べやすいサイズに。日本よりもマッシュルームが格段に安くて嬉しい。全部をオリーブオイルで炒めてからそこに水を投入。沸騰したら麺とかやくを入れてぐつぐつ。韓国麺は煮込むとおいしくなるというネットの教えを信じて、洗い物をし終わるまでそのまま。アジアで続く韓国ブームのおかげでおいしい袋ラーメンが手に入ります。ありがとうBlack pink。

袋ラーメンのおいしさの半分は、鍋から直接たべることでできていると思う。食事用のテーブルがない部屋で、床にタオルを置きしその上に鍋を直置きする。やけど防止のために小さな皿だけ準備して、鍋から麺を救う。皿にワンバウンドしたのち勢いよく吸い込む。ずるずる。ふーふー、ずるずる…… 熱さと闘いながら無心でたべる。この瞬間だけは地に足が、いやおしりがべったりついていた。できるだけ汁をレンゲですくい、最後だけは直接鍋から飲み干す。この背徳感が袋ラーメンの罪深さを格上げしているに違いない。ほっと体が温まった。

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