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AI × 教育

Microsoft 品川、2023年12月3日(日)

1. 「AI × 視覚特別支援学校での実践」発表

12月3日(日)にMicrosoft本社で発表の機会を得て、視覚障害者の学びに「AI活用」を「どう」活かせるのか、実践を交えて発表してきました。
以下にその内容を発表に使用したスライドと共に記します。

イベントサムネイル作:Atelier Funipo


発表内容

発表スライド03(01-02は鑑と自己紹介なので割愛)

視覚障害とは

視覚障害については医学的、学術的なことについて説明するのではなく、大きく下2点のスライド内容について説明しました。
生徒が直面している課題や問題点に、AI を「どう」活用することで、生徒の学びが豊かになるのかについて、聴衆に伝えました。

発表スライド04
発表スライド05

発表スライド04-05
医学的な見解と教育現場での運用との差異について、あくまでスライド内容レベルのことをサラリと。むしろこれ以上の事を詳しく発表する力は、私には無いです。
視覚障害児・者の見え方は個人によって全く異なり、個別の対応が必要不可欠である点を伝えました。

2. 学びに向かう際の、現実的な困難感

発表スライド06

環境要因1「生徒数の少なさ」

発表スライド06
本校は規定の見え方であれば全員入学、転入学できます。それでも1学年に単一障害、重複障害(知的の中程度、重度は分けられます)クラスは各1クラス(クラス定員8名)しかありません。県内の視覚障害児童生徒数が少なくなっているのです。他府県の視覚特別支援学校・盲学校の職員の方と話しても、児童生徒数は減少傾向だと聞いています。

私個人の考えでは、中学校という限られた場を生活空間として過ごす彼らにとって、同級生の人数は、そのままコミュニケーション能力の成育に直結すると考えています。

本スライドでは5名が最大人数と表記しているため、他学年クラスは3-4名の児童生徒がいると伝わるかも知れません。
しかし、本校では他学年の単一障害クラスに4名クラスが1つあるだけで、視覚障害のみに限らず、視覚障害と知的障害を併せ持つ重複クラスの、各学年クラス(幼稚部から高等部)の人数は1-3名です。クラスによっては学年0名のクラスもあります。

その為、少しでも児童生徒たちの交流を創出するため、重複障害クラスでは教科により「複式」形式の授業もあります。
しかし多くの場合、基本的な授業は児童•生徒1-3名に対して教員1名(注1)で授業するため、教室内人数が極めて少ないのです。
(※注1 教員1名 : 中程度重複•重度重複クラスや、全盲児童•生徒と弱視児童•生徒の混在するクラスはこの限りではありません)

よって、児童•生徒同士で盛んにコミュニケーションが行われるかと言えば、決してそうではないのです。1-3名では深みのある話し合い活動は成り立ちにくいです。そこに加えて、個の性格や特性は様々であり、多弁であったり口数が少なかったりします。また、得意な教科か苦手な教科かでは話し合い活動の内容には大きな差異が生まれます。

環境要因2「世の中のデザインは見えることが前提」

次の学習環境の問題点は、副教材が点字や拡大文字で出版されていないのです。これは児童生徒が学習者として接する、設問の総数に大きな影響を及ぼします。教科教員の努力次第ですが、多様な設問「数」作成力には限界があります。教員にも問題作成の「クセ」がありますので。

新しい学びになる教科内容には「視覚教材」の導入が適しているものも当然あります。その中の1つが今回の学習指導要領で必須となったプログラミングです。
多くの場合、小学校での導入を見てみると以下の順になっていることが多いです。

  1. アンプラグド(PCを使用せず、人の動作を分解して命令手順を理解する、など)

  2. ブロックプログラミング(makecode、scratchなど)

  3. コードでのプログラミング(稀)

しかし、全盲の生徒は「2. ブロックプログラミング」ができません。なぜなら、ブロックをスクリーンリーダー(画面読み上げアプリ)が読み上げないからです。もし、将来的に読み上げる様になったとしても、マウス操作やタッチ操作を細かく操り、ブロックを組み上げていくことは困難を極めるはずです。
それでは、「3. コードでのプログラミング」はどうか。この方法は可能です。しかし、コード(code)は英語です。更に表記の仕方に独特のルールがあります。小学生、中学生に makecode や Scratch でプログラミングを教えた経験のある方なら、この事がどれほど大きなハードルになるのか、直ぐに理解できるでしょう。

直感的に「手本を見てマネる」が成り立たず、全てのブロックの役割を英語で覚え、キーボードで打ち込み、タイピングミスが起これば、画面読み上げソフトで1行目から読み上げさせて確認をとっていかないといけないのです。

3. 学習に向かう際の、現実的なニーズ

下の3つの教科で生徒たちと一緒に、より良い活用方法を探りました。
生徒たちは、AI Chat の活用については好奇心もさることながら、自分たちの環境をより良いものにしたいとの考えや思いが強いです。

発表スライド07

4. 道徳での活用

発表スライド08

「AI を盲信しない為の導入」から

この実践をスタートさせたのが2022年11-12月頃です。
先ずは生徒の AI に対する理解を把握して、授業計画を練るところから始めました。当時、担当学年の道徳と全学年の技術を担当していましたので、授業内や休み時間の四方山話的な会話の中で AI Chat に対する生徒の「理解度」「認識度」を把握し、二つの教科で同時並行的に実施したことになります。
手順は以下のようにしました。

  1. 「AI Chat」について知っているか。

  2. 「AI Chat」の「何」を知っているのか。

  3. 「AI Chat」を使ってみたいか。

  4. 「AI Chat」のできること、できないことを知り見極める。

  5. 「AI Chat」は自分たちの何に役立てることができるのか。

1. 「AI Chat」について知っているか。

授業をする前に「AI Chat」について知っているかどうかを5名の生徒に問いました。知っている生徒とそうでない生徒がいました。生徒たちの世の中への雑多な情報へのアンテナ感度には、敏感な生徒とそうでない生徒がいます。自分の中学生時代のことを思い出せば当然のことです。おそらく私なら「知らない派」だったと推測します。中学生当時の私の関心ごとは「食う」「寝る」「部活」でしたので。

2. 「AI Chat」の「何」を知っているのか。

2022年11-12月時点では「知る人ぞ知る情報」レベルで、中学生まで浸透している状況でもなく、好意的なニュースの情報として「人工知能が色々と人間の仕事を代行してくれる」ので「便利になる」くらいの報道を中学生が知っている程度でした。否定的な報道の色も強い時期でした。「出鱈目な答えを導き出す」や「今の段階では不十分で実用にはまだ時間がかかる」などです。また、中高生世代の学習への「悪用」にも焦点が当たってもいました。

3. 「AI Chat」を使ってみたいか。

答えは「Yes」でした。当然だと思います。
理由としては、好奇心が1番でした。「何やら楽しそう」「宿題の代行してくれるらしいで」「でも、実用レベルではアカンらしい」など。
次いで当時13-15歳の彼らが高校生以上の年齢になり、同級生と社会人として人生が交わる時には、「AI Chat」を使う必要性があることを皮膚感覚で掴んでいるようでした。好意的な報道も参考になったのかと感じました。

4. 「AI Chat」のできること、できないことを見極める。

読書感想文の代行(長期休暇の宿題にありがちな題材)

生徒からの意見で「宿題の代行」という言葉が出ていたことから読書感想文で試してみることにしました。
どんな本でも構わない、として本のタイトルを決めさせると吉本芸人:田村さん(麒麟)が書いた「ホームレス中学生」になりました。

実行したプロンプト(落胆例)

「中学生の読書感想文として『ホームレス中学生』を800字以上で書いて」

実行すると AI Chat が生成した読書感想文は、生徒たちの満足する出来にはなりませんでした。
なぜか。それは、本の内容とかけ離れた「作文」を示したからです。AI Chat の生成した文章は「キーワード」として「ホームレス」と「中学生」から連想できる社会的な貧困の問題とそれに対して中学生の立場として関わっていく方法を、架空の主人公名を設定して生成したのです。

生徒たちには、落胆の表情と失望の言葉が出ました。「やっぱり使えんやん」「こうなると思ってた」などなど。

因みに、この生成の過程をどの様に生徒たちに共有方法は以下の通り。
弱視の生徒にはTeamsで画面共有で配信して、その生成の様子を見せました。実際には文字が小さく見づらかったと思いますが、文章の生成スピードを体感することができていたと思います。
全盲の生徒には拡張機能をブラウザに追加して、生成の様子を読み上げさせました。

生徒たちに「問い」を立てました。「なぜ、君たちが思うような読書感想文にならなかったのか」と。そうすると、以下のような意見が出ました。

  • 「AI Chat」は開発途中だから現状はこの程度

  • 「AI Chat」は人間の感情を上手に表せない

  • 「AI Chat」は市販されている本を把握していない  など

それでは…、と次は私から本のタイトルを「老人と海」として実行してみました。

実行したプロンプト(驚愕例)

「中学生の読書感想文として『老人と海』を800字以上で書いて」

実行すると見事な感想文ができました。主人公や少年の名前。老人とカジキの尊厳ある闘い。その後のサメとの死闘。全てが「ホームレス中学生」とは比較になりません。生徒たちに理由を考えさせましたが、なぜこの様な差異が生まれたのか見当をつけることができませんでした。意見を出し合うのも5名です。
そこで私から投げかけた情報は次の通り。

  • 「AI Chat」は無から有を生み出しているのではない。

  • 「AI Chat」は使用者の「問い」に対して、膨大な情報にアクセスした上で「回答している」に過ぎない。

  • 「AI Chat」はあらゆる言語を検索しているが、その情報源となるのは、どの言語が多くて、現在、どの言語が世界の共通言語なのか。

生徒たちは上の3点のことから、「AI Chat」が回答を導き出す手順をなんとなくですが把握し「老人と海」で感想文ができた理由を以下のように解釈しました。

本が世界的名作(英語翻訳がある)である。
その書評も多数web上に存在している。

以上が「AI Chat」の何たるかの導入としました。

授業内での第3者として、AI Chat の活用

発表スライド09

実施したクラスの生徒人数は5名です。公欠や欠席があると2名や3名の授業となります。生徒同士の考えを共有し、思考の深化を必要がある「話合い活動」において、授業運びは困難になります。

また、5名のクラスでの学校生活です。相互理解も深まっています。その上で個々のクラス内「役割」も徐々に固定化(少し大袈裟ですが)されてきます。
そこで AI Chat にプロンプトで人格を与え、クラス内の第3者としての「役割」を担わせました。人格例としては「年齢(高校生、小学生、会社経営者など)」、「性格(生意気、思慮深い、優柔不断など)」。これらをあらかじめ用意しておき、生徒同士の話し合い活動を、さらに深める目的で所々に差し込みました。

その結果、今まで正論を基に意見を言っていた生徒の見方が変わったり、表面的な事柄にとらわれがちであった生徒の考え方に変化が見られる様になりました。コレは予想外の生徒の成長でした。
クラス内第3者としての「役割」設定は、話し合い活動の潤滑油としても、起爆剤としても有効だと確信した瞬間でした。

5. 英語での活用

単一障害クラス(視覚障害のみで知的障害のないクラス)

発表スライド10

教科「英語」での AI Chat の活用は、文科の活用例(初等中等教育段階における 生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン)として示されている通り、大変有効な手段だと考えています。言語学習において反復練習の重要さは今更言及する必要がないと思います。
但し、反復練習だけでは足りていないのも現実問題なのも明らかなのではないでしょうか。それは、日本の英語学習で大学卒業した人たちの英会話力が如実に示しているのではないでしょうか。

私が考える理由として、多くの中から以下の2点に焦点を当てて考えています。(優先順位は指導している児童生徒により変わると思います。あくまで「本校では」の着眼点です。)

  1. 会話練習の雛型が限られている。

  2. 自分の興味関心のある事を深掘りして語る語彙が十分ではない。

これらの解決策の一つとして、AI Chat の活用を実施しました。
1. に関しては必要な言語材料を設定し、読み上げ機能と音声入力で実施できます。
2. に関しては下準備と実施の AI Chat の活用が

1.1 対話練習の相手として(読み書き)
1.2 対話練習の相手として(読み上げ・音声入力)

2.1 自分の興味関心を言語化する(日本語 —> 英語)
2.1.1 言語化することが苦手な生徒には友だちとの「おしゃべり」を参考にする
2.1.2 AI Chat を手助けに使い、自分の興味関心の言語化「候補」を立てさせる
2.1.3 自分の「腑に落ちる」表現を考えさせ、文章化する
2.1.4 AI Chat にExcelデータ化された 2,500 語からなる兵庫県教育委員会作成の「はばたん」を読み込ませ、その語彙の中で英作文の実行。(一部実施)
2.1.5 上の英文では難しく長い文章になるので、単純で短い表現になる様にプロンプトを作成して活用させる。(一部実施)

上の 2.1.4 以降については、全員が AI Chat に直接入力をして取り組めている訳ではない。実施できていても私が入力代行や補助をしている。それ以外の生徒は DeepL を利用している。理由として視覚支援的に利用方法に慣れていなくて、50分の授業内で終わらせるためです。また、英語の時間割が1限目が多く、列車の遅延やその他の理由で欠席者が多いことも挙げられます。

重複障害クラス(視覚障害と知的障害をクラス)

発表スライド11

重複クラスの英語では、自己紹介文に添えるイラストの生成を実施した。

昨今、個人情報保護の関係から、実際の写真は使用することが望ましくない場合が多くなってきています。
だからと言って、文章だけではスライドも味気ない仕上がりになります。もちろんコレは、見えること前提のプレゼン資料の作成方法です。しかし、視覚障害者も人と関わり合いながら生活していくし、情報の発信者として人前に出ることもあります。その際に資料に添える画像や映像、音楽資料(BGM)などを著作権に留意しながら選択し、利活用するのは至難の業です。
それを見越した取り組みになります。

ちなみに上のことは、視覚障害者がプレゼンターとして人前に立ち、情報を発信する立場を見越した取り組みです。単一障害クラスの生徒も別課題で取り組んでいます。

将来的に「全盲の人たちが言葉で表現する絵の世界展」なるものも企画したいと考えています。

6. 技術での活用

発表スライド12

全盲生徒におけるプログラミング学習のハードル

スライド06 の説明:環境要因2 で述べた様に、全盲生徒にブロックプログラミングはできません。では、code 入力があるじゃないか、と考えられる方もいらっしゃるかと思いますが、コトはそう単純なものではありません。

「code 入力 = 英語入力」という単純構造ではなく、また、英語が得意だと学びやすいという訳ではありません。そして、英語が得意な生徒ばかりではありません。キーボードでプログラムを入力するのには、多くの code 表記を理解する必要があります。
晴眼者(せいがんしゃ:盲者に対して見える方をこう表します)で見えていたら code 入力のスペルを「雰囲気で」把握出来るかもしれませんが、全盲の方にとっては、読み上げソフトで読み上げられた「音の粒」が耳に入るまで、何が書かれているのか分かりません。またスクリーンリーダーとして点字リーダーを利用していても、指先が点字に触れるまで何が書かれているのか分からないのです。更に、scratch も Python も記号(カッコ記号の種類など)が多くあり、Python にはインデント(段差げ)まで多くあります。

興味関心があって、のめり込んでいく少数派の方には「取り組みがい」があり、達成感も一入かもしれませんが、必須教科の学習内容だからと取り組んでいるだけの生徒にとっては、このハードルはあまりにも高いと感じます。

AI Chat 活用をどう位置付けるのか

そこで AI Chat の活用です。code を書かせるのは AI Chat にさせ、生徒たちが身につけるべきは、デバック(プログラムが走らない時の原因究明作業)が出来る思考力をつけることではないかと考えます。

つまり、AI Chat に一番最初に入力する「命令」=「 prompt 」を論理立てた言葉で表現する力を養い、修正箇所を減らし、見つけやすくすることだと考えています。同時に code をつぶさに見て、あるいは聞いて error を見つける思考力も鍛えつつです。

どういうことか?
それは AI Chat は prompt の精度によって、生成される成果物に大きな差が生まれます。その為に、プログラムの実行がスムーズに走るような命令文を考える力が必要です。ゴールまでの道筋を「簡潔」に「要領」を得て表現できる思考の「文章化」能力だと思います。

この力は、決してプログラミングや AI Chat の活用だけではなく、人と関わりながら生きていく私たちには不可欠な力だと思います。
自分の思考を言語化して、相手にわかりやすく伝える力を養うことですから。

7. まとめ

AI Chat を教科学習で活用して分かったことは、目的を持った活用で生徒たちの学びに深みを与え、学習効率や表現活動など、多様な可能性を生み出せるということです。そして、それを使いこなすためには、今まで以上に思考力と判断力の育成が必要だと強く感じました。

今回の AI Chat の授業活用を、道徳、英語、そして技術においては3年間のカリキュラムマネージメントも考え実践しました。実際に何度も東京学芸大学附属小金井小学校に足を運んだり、Microsoft 品川オフィスでの公開授業などで、多くの方の授業実践で学びました。オンラインでも幾つかの有料講座で学びました。大いに刺激を受けました。
その上で目の前の生徒たちの特性を考え「授業デザイン」をしました。生徒たちの学びの姿勢が変容していくには、まだまだ継続的な取り組みが必要です。今回の取り組みを一過性のものでなく、生徒たちが自走できるように丁寧な活用方法を伝え続けていきたいです。

学びにおいて「テクノロジーに救われる子供たちがいる」ことを体感できました。何よりの収穫です。

以上が、9分⏰で発表した内容になります。
長文を最後まで読んで頂き、ありがとうございました。


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