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締め出されて、、、

コロナでずっと延期だったお祭りが復活した。子供がお神輿を担がせてもらえることになり、祭半纏に足袋にと、装束もばっちりそろえた。そして、お祭りといえば、屋台。母たちも前夜祭のお手伝いに参加した。子供たちが、お小遣い片手にかき氷、射的、焼きそば、ポップコーンなどなど迷いまくる姿は微笑ましかった。

今年の暑さは異常だった。夕方になっていたとはいえ蒸し暑い。我が家の子供が、渡しておいたお小遣いをあっという間に使い果たし、お手伝い中の母の元へ金の無心にやってきた。

「フランクフルト食べたの?」

と聞くと、

「なんで分かった?」

と目を丸くする。

口の周りにね、ケチャップがばっちり付いているからです。

鍵も財布も持たずに来ていたので、ウエストポーチから手持ちの小銭を渡した。

有志の方々で開催しているので、19時頃には終了予定だった。子供が、おなか一杯という顔つきでやってきた。撤収があるので先に戻っているように言った。お盆中も関係なく、夫は家で仕事をしている。

「すぐ終わると思うから、鍵開けておいてね。」

人込みと蒸し暑さの中、私は、そう伝えたつもりでいた。

日が暮れたとはいえ、まだまだ30度以上あり、湿度は全然下がらない中、撤収が始まった。天幕、テーブル、パイプ椅子、調理マシーンに大量のごみ類を片付けなければならない。キャンプの比ではない。しかし、何十年とお祭りを支えてきた町会の方々の超プロフェッショナルな動きで、あれよあれよと想像していた以上に素早く片付けは済んでお開きとなった。毎週末、祭り装束で準備に余念のなかった重鎮の方々。その無駄のない動きと素晴らしいリレーションにしばし感嘆した。

母たちも解散した。まだ、帰ってからも家事が残っている。そしてなにより翌日は子供神輿の本番で朝が早い。たしか5時半くらいに起きないと間に合わないはずだった。そのため、お手伝い中にふるまわれたビールも泣く泣く辞退したのだ。軽いめまいと頭痛を感じながらも、家路を急いだ。

もうちょっとで家に着く。

その瞬間、安心感からかいろんな欲求が一気に押し寄せてきた。

何か飲まないと、でも、先にトイレにも行きたいな。そういえば、すっごいお腹も空いる!

最近、蝶番の調子が悪くなってきているドアに手をかけると、力強く一気にひっぱった、が、ドアはびくともしなかった。

開かない。

うわー、鍵かかってる!

仕方ないので、インターホンを鳴らした。引っ越してから初めて自宅のインターホンを鳴らしたことに気が付いた。夜だとライトが付くんだ!早速家族にその驚きを伝えようとしばし待つ。しかし、なんの反応もなかった。
んんん?
外から窓を見ると電気は点いている。

聞こえなかった?

もう一度鳴らして待ってみる。無反応だ。

どういうこと?

何度も何度もしつこくインターホンを鳴らしながらウエストポーチからスマホを取り出した。焦りだすと、一瞬収まっていた尿意が蘇ってくる。

余裕がない中、夫に電話してみた。出ない!念のため、子供の方にも電話してみる。出ない!!

ううう。。。

地団太を踏みながら、インターホン、夫、子供と順繰りに鳴らしてみる。
暑さとは関係のない冷たい汗が額ににじんだ。

人間の三大欲求とは、性欲、食欲、睡眠欲だ。
性欲は子孫を残すため、食欲は生存するため、睡眠欲は生命を維持するため。優先順位は睡眠欲、食欲、性欲となる。
しかし、この時の私にとっては人としての尊厳を守るという意味で、生理的欲求の解消が最優先事項となっていた。

まじで?締め出された?

小学校の時以来そんな目にあったことなどなかった。
その時は、たまたま鍵がかかっていなかった子供部屋の窓から家に侵入しなんとかなったのだが、、、。

だめだ。この暑さに窓を締め切って、エアコンをフル稼働にしているはず。そもそもいくら開いていたとしても、暗がりの中、窓から入ろうとしている姿を目撃されたらいろんな意味でアウトだし、そもそもいい歳して分別がなさすぎる

こういう切羽つまった状況だと、世に溢れる珍事も、きっと事情があったんだろうなと理解できる気がした。

家族への鬼電行為を止め、直接ドアをたたくという、より直接的な行動に出ることにした。

ま、自分の家だし、、、

平手でバンバンとドアを叩きながら子供の名前を呼び掛けてみた。

「○○~、ママよ~、開けてー」

通りがかった人が聞いてももう限界が近いです、ということを悟られないよう違和感のない優しげなトーンで。
夫の名前にしなかったのは、それはそれであらぬストーリーが生まれてしまいそうだったからだ。

「お、夫さん、私よ、開けてー」

では、情けなさが半端ない。

しかし、なにも起きなかった。その時、ようやくガス温水器が作動していることに気が付いた。風呂に入っているのだ。

ううう、万事休す。

夫と子供はおっそろしく風呂が長い。子供が帰宅してすぐ入ったとしても、あと30分は余裕で出てこないだろう。

一気に虚無感と絶望感に襲われたが、膀胱を緩めるわけにはいかない。
と、とにかく、トイレに!

各門戸にはお祭りの提灯が下がり、ポーチでは、夕涼みやバーベキュー、家族団らんでくつろぐ光景が広がっている。そんな夏の夜道を、鬼の形相でササササーと小走りに行く。目指すは、新しくできたコンビニ。そこでトイレを借り、イートインのスペースで飲食すればすべて解決だ!一番近いコンビニもあるのだが、この祭りの夜にはきっと知り合いがいっぱいいるはず。こんな1ミリも余裕のない状態では、たとえ自分の親でもガン無視してしまいそうだった。

大通りを渡った先にあるコンビニまで、どうにか無事にたどり着き、神に感謝した。お守りくださってありがとうございます。ピンチのときほど、人は敬虔になるもの。

しかし、店内の混みようと、イートインスペースにデンっと置かれた品出し前の段ボールが目に飛び込んできた。この時点で、体内のアラームはピーコンピーコンと最終警告の赤いライトが点滅していた。

立ち止まると、何かが決壊しそうで怖かった。とにかく動いていないと!トイレが空いているかどうかを確認し、待つという選択はせず、プランBを決行することにした。

さらに遠くにあるが、夫の唯一の「行きつけ」で子供も夫に連れられ私以上に通っている、素晴らしいビールを飲ませてくれる店だ。

明らかな水分不足でこめかみの痛みが増していた。ハァハァと荒い息を吐きながら、より速度を増し、小走りでサササササーと先を急いだ。こんな時、きっと人って罪を犯しちゃうんだろうな、とふわっと悟りの境地に達しそうになりながらも、油断するな!という声も心のどこかで響く。

ようやくお店が見えてきた。頭痛もピークに達していた。飲み屋さんより手前に小さなコンビニがある。混乱気味の頭で、飛び込んだ。なんと、奥にトイレがあり、空いていた。ギリっギリで最悪の事態を回避することができた。はぁぁぁーと深く安堵。ほんっとうに危なかった、、、。

蒸し暑さに帽子を脱ぎ去ると、爆発ヘアは怒髪天の様相だった。町会の原色カラーのTシャツも、ぐっしょりと汗に濡れ自分ごと洗濯機で回したいくらいだ。トイレの鏡に映るそんな自分の姿に軽くショックを受けながら、震える手でスマホを確認する。この時点で、どこからも着信はなかった。

まだまだ家には帰れない。ここでお茶とおにぎりを買って、夜の公園のベンチでひとり寂しく食べる、、、。今日一日、死ぬような暑さの中で頑張ったうえに、家に入れず、尊厳を掛けた葛藤の果てに?

ああ、無情だぁ~と思いつつ、はたっと気が付いた。お財布ないよね。一瞬焦ったが、PayPayがあるではないか!ひとまずお茶だけ買って、ごくごく飲むと、だいぶ生き返ってきた。

とにかくお店に行ってみよう!と足を向けたが、新たな不安がよぎる。週末の夜だから、混んでいて入れないかもしれない。それに、たとえ1席だけ空いていても、怒髪天おばさん、ちょっと恥ずかしいかも、と怯えながら覗いてみた。カウンターの奥の方に1組しか見えなかった!神よ、感謝します。

私は、掠れ声で

「PayPay使えます?」

と聞いた。

「大丈夫ですよ!」

という店長さんの後ろには後光が差していた!

た、助かった、、、。

いつも、子供に良くしてくれる○○ちゃんもいて、砂漠でオアシスを見つけた心地だった。

よろよろがくがくしながらスツールに座り込むと、安心感から、さっきの比ではないレベルの疲れと空腹、乾きがドッと襲ってきた。
そして、初めて猛烈な怒りが湧いてきた。

なんでこんな目に合わなきゃならんのじゃー!!!

夫には確かに家を出る時、鍵は持って行かないから開けておいてね、とお願いしていたのだ。

それが、どういうことじゃー!!!

そして、心に誓った。
飲もう!飲みまくって、食べまくろう!
物価高の昨今、節約に努めていた私の金銭感覚は都合よく崩壊した。お支払いはすべて夫へ請求することに決め、この機を逃すかとばかりに私は1杯目のビールをお願いすることにした。

どうみても様子がおかしいおばさんが少し落ち着くまで待っていてくれた店長さんは、快くオーダーを受けてくれ、無事、命の水にありつくことが出来た。

う、うまい、、、

フーと肩で荒く息をつくと、スマホにやっと夫からの着信がきた。

ビールを片手に出てみる。

「つ、妻さん?今、どこですか?」

かなりうろたえている。きっと、鬼電の履歴数にビビったのだろう。

「○○が、鍵をかけちゃってて」

やはり奴だったか。
不審者が入ってくると怖いから、という理由だったらしい。

確かにそうだよね。でもね、ママを締め出す方がもっと怖いことになるのだよ、、、。

「今、○○にいます。まだ、飲みます。飲み終わったら帰ります。」

お店の中だったので、簡潔に伝えた。

「、、、分かりました。」

夫は、いろいろ覚悟していたと思うが、意外に落ち着いている妻の言葉に安心したようだった。
あと、ちょっと早かったら荒ぶれキレまくる妻に、きっと走って店まで迎えにきたことだろう。一息入れられててよかった。やっぱりそこは内外でわきまえたい。

私は間髪いれずに2杯目と唐揚げなどなどを所望。気が付くと貸し切り状態で、己にとっては理不尽な、他の人からしたら非常にどうでもよい災難を店長さんと○○ちゃんに切々と訴えていた。

結局、ビールを4杯飲み、腹も満たされ、何年ぶりかの一人飲みですっかり気分も晴れた。なにせ、明日は朝が早い!超千鳥足で家路に着くことにした。こういう場合、夫は必ずコンビニでやたらスイーツを買い込み、翌日自分で驚いているのだが、妻は、そういうところはどこまでも理性的である。まっすぐおうちに帰った。

もちろん、鍵は開いていて、夫は妻のご帰還にきっちり待機していた。私はいかに大ピンチであったかをひとくさり話すと、だいぶ溜飲も下がり、お風呂に入るとガッと眠りに落ちた。

そして翌日、ものすごい気持ち悪さと頭重に目を回しながら、夏真の太陽の下、子供祭りに参戦した私は、文字通り撃沈したのであった。










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