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J信用金庫 v.s. MBA交流クラブ vol. 17

前回のつづきです。
vol. 16はこちらhttps://note.com/male_childcare/n/ne7cb52610bfb

令和4年3月8日
 カーテンを開けると、眩しい光が部屋の中に飛び込んできた。空気は澄み切っていて、どこまでも青空が広がる。気持ちのいい朝だ。
 平良は電動ミルでコーヒー豆を挽き始めた。
 ビジネスコンテストは盛況のうちに幕を閉じることができた。思い返して、安堵のため息をつく。本当によかった。J信金からの連絡もない。内容証明郵便が昨日には届いたはずだが、何の連絡もないということは、特に問題は起こらなかったのだろう。職員の暴走で勝手に組戻しをされるのではないかと思い、予防策として内容証明郵便を出したが、杞憂だったようだ。本当によかった。
 焙煎されたコーヒー豆の香りが部屋中に広がる。コーヒーメーカーのスイッチを入れ、こぽこぽと少しずつコーヒーが抽出される音を聞きながら、窓の外を眺めていた。

 その時、インターフォンが鳴らされた。
 インターフォンのモニターを覗きこむと、そこにはダークスーツに身を包んだ二人組が映っていた。
 アマゾンなどの配送員ではない。不吉な予感がある。J信金の職員かもしれない。しかし、何の連絡もなく自宅マンションに押しかけてくるだろうか。まさかな。
 恐る恐るインターフォンのボタンを押す。
「私、J信用金庫の者ですが、今お時間よろしいでしょうか?」
 まさか、と、やはり、という思いが浮かんだ。このコロナ感染が拡大している中、まさかアポなしで自宅に押し掛けてくるとは。非常識さに愕然とする。
 一方で、やはり予想通りの展開か、と平良は思った。岩野とかいう職員が暴走して、勝手に組戻し処理を行ったのだろう。その後、内容証明郵便が届き、慌てて上司が説明と謝罪に来たというところか。やれやれ。
 
「今は少々手が離せない状況ですが、40分後であればお時間をお取りできます」
 アポなしで押しかけて来たのであれば、少々待たされることは覚悟の上だろう。J信金の職員の相手をするより、青空を眺めながらコーヒーの味と香りを楽しむ時間が優先される。
 それに全くの準備なしで会うわけにはいかない。会話の録音の準備は必須だ。
 
 平良の自宅からJ信金まで片道15分である。40分という時間設定はJ信金に対する軽い仕返しでもあった。周辺には時間を潰せるような喫茶店などはない。
 平良はコーヒーを飲みながら、彼らがこの40分間をどう過ごしているのかを想像し、ほくそ笑んだ。先日の岩野の非常識な物言いと比べれば、些細な悪戯に過ぎない。大人気ないかもしれないが、アポなしでやって来た招かざる客をもてなす義理もない。
 
 ぴったり40分後、再びインターフォンが鳴らされた。マンションのロビーにある応接スペースにJ信金の二人を通す。名刺をみると、国際金融部次長の黒岸と監査役の野嶋とあった。黒岸という男は体が大きく、顔には深いしわが刻まれており、凄みがある。一方、野嶋はひょろりとした体格で柔和なおじさんという印象であった。
 二人ともダークスーツに身を包んでいる。まるでヤクザだな、と平良は思う。
 平良はあえて上座に腰を下ろし、「どうぞ、お掛けください」と言った。
 黒岸は明らかに不愉快そうな表情を浮かべた。黒岸は次長職であり、顧客に頭を下げられることはあっても、冷遇されることには慣れていない。むっとした表情を平良に向けるが、平良は鼻にもかけない。
「それで、今日は何の用件ですか?」と、平良は言った。
「例の国際送金の件です」黒岸は言った。
「入金の手続きは進んでいますか?」と、平良はあえて聞いてみる。
 黒岸の表情が固まる。そして、話し始める。
「・・・すでに組戻しの処理を行いました」
 やはり、岩野は独断で暴走したか。予想通りとはいえ、金融機関にそんな出鱈目な対応をする人間がいるとは。上司は苦労するだろうな。ここで甘い顔をしたら、同じ失敗を繰り返すかもしれない。この上司には何の恨みもないが、少しだけお灸を据える方が良いかもしれない。
「それは、一体どういうことですか?」平良は語気を強めて言った。
 野嶋が恐る恐る話し始める。
「金融庁からの指導で、国際間の送金に関してはマネー・ローンダリングおよびテロ資金供与のリスクを勘案し・・・」
「そういう説明は不要です。当然、理解しています」平良は野嶋の説明を途中で制す。「私は組戻しはやめて下さいとはっきり伝えましたよね?J信金さんは勝手に組戻したのですか?」
 沈黙が流れる。スマホの録音機能は音もなく作動している。
 黒岸が無表情のまま答える。「顧客の同意なく、組戻すことはありません。同意の上で、組戻しを行いました」
 謝罪の言葉を待っていた平良は、相手が何を言っているのか理解できず、「は?」と言ったまま、開いた口が塞がらなかった。
「ですから、私どもは同意の上で、組戻し処理を行いました」
「私は同意していませんけど・・・?」
「いや、あなたは同意しています。こちらは職員二名で確認していますから、間違いありません」
 
 甘かった。謝罪に来たとばかり思っていたが、こいつらはもみ消しに来たのか。信用金庫とはいえ、曲がりなりにも金融機関の人間が、まさかこんな対応をするとは。
 一瞬にして血が沸騰するほどの怒りで目の前の景色が歪む。本人を目の前にして、堂々と虚偽を述べるとは、腐りきっている。この信金は。
「私は一切同意していませんよ!そちらが勝手に組戻したということですね」
「ですから、あなたは同意したんですよ。同意したという記録が残っているんです」
 黒岸はやれやれという表情を作り、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
 その笑みが平良の怒りの炎に油を注ぐ。
「J信金さんはこんなふざけた対応をされるということですか?」
「ふざけたとは心外ですね。平良さんが勘違いされているようなので、こうやってわざわざ説明に伺っているというのに」
 アポなしで押しかけてきて、わざわざ、だと。平良は怒りで言葉を失う。
「まあ、そういうことなんで、・・・ご理解いただけましたか?」黒岸が言い捨てる。
「理解できるわけないだろ!」平良は思わず、声を荒げる。野嶋がびくっとしてこちらを見るが、黒岸は不動のままだ。
 平良は黒岸を睨みつけて言う。「黒岸さん、あんた自分が何を言っているのか分かっていますか?これは訴訟問題ですよ!」
 黒岸は首を軽く左右に振って「訴訟?どうぞご自由に」と吐き捨てた。
 黒岸はこんな少額の案件で訴訟などありえないと高を括っている。だからこそ、こんな顧客を馬鹿にしたような態度で、保身のために事実をもみ消し、へらへらと虚偽を述べていられるのだろう。
 許せない。しかし、今この場でできることは一つもない。
 「状況は理解しました」平良は歯を食いしばって言葉を紡いだ。
「ご理解いただけましたか?」黒岸はにやりと笑う。
「勘違いしないでください。あんた等の下卑た魂胆が理解できたというだけだ。私は組戻しはやめてくださいとはっきり申し上げたはずです。その上で、そちらが勝手に組戻しを行ったというなら、私が関知することではありません。私が今日お伝えすることは、さっさと入金処理を進めろということです」平良は黒岸を睨みつけて言う。「ご理解いただけましたか?」
「もう、すでに組戻したと言っているのに、話にならないな」黒岸は目線を逸らし、独り言のように言った。
「全く同感ですね。お話にならない」平良は席を立って言った。「お引き取りください。ご苦労さまでした」
 
 平良は足早に自宅へと戻り、PCを立ち上げた。カップにコーヒーを注いて口にするが、冷めきっている。酸化したコーヒーは口当たりが酸っぱく、苦味を強く感じた。
 二通目の内容証明郵便を書き上げ、すぐに送付した。

R04.03.08. 内容証明郵便

 こんな内容証明郵便を出したところで、そのままゴミ箱行きになって、何の意味もないかもしれない。
 震える手を強く握りしめる。俺たちのような顧客はこんなにも金融機関に対して無力なのか。悔しい。誰かが声を上げる必要がある。
「訴訟?どうぞご自由に」と吐き捨てた黒岸の顔が浮かんでくる。
 誰かではない。俺が声を上げる。平良は心に決めた。
 最後までやり抜くことだけを、人に誇れる矜持として生きてきた。ここで終わりには絶対にしない。

つづく

※本事件は本人訴訟で裁判中です。応援していただける方は、記事のシェアもしくは”♡”をクリックして下さい。

(参考資料)
令和4年3月6日 ビジネスプランコンテストMBA杯2022 決勝戦

※実際の人物・団体などとは関係ありません。

【本件に関する報道関係者からのお問合せ先】
メールアドレス:mba2022.office@gmail.com

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