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愛しの君へ。

朝、びっくりして目覚める。いつもは携帯のアラーム音で起こされるのだが、今日は違った。
いい感じで夢の中だった私の、鼻と口の上を4.8キロのカツオの体重を支える足の肉球で踏まれたのだ。
しかも絶妙なバランス感覚で、しばらく動かない。機嫌よく、しっぽをピンと立て、4本の足をきれいに揃え私の顔に乗っかっている。

爪を出されなかっただけ感謝せねばならないか。しかし、なぜ顔の上なのか?

家には猫が二匹いて、私の愛する家族の一員である。カツオは雄猫の8才。人間で言うと48才くらいだろうか。家にきて7年になる。もう一匹は雌猫のタマミ、同じく8才。

カツオはもともと保護猫で、保護猫施設のある雑貨のお店で飼われていた看板猫だった。
人間が大好きで、来客があると、膝に飛び乗り愛想を振り撒く。

茶白の寅柄で食いしん坊の証のように口と鼻の回りが丸く茶色。ゴロニャン、ゴロニャンと甘える人懐っこさ、何をされてもなすがままの自然体の性格が愛され、お店のアイドル的存在だった。

看板猫はもう一匹ミケがいた。ミケは後ろ足が不自由で、お客さんが作ってくれた特製モップ付スカートを履いていて、前足のみで器用に歩き、動かない後ろ足でモップを引きずり、床掃除をしてくれていた。

ずっと猫を飼いたいと考えていた私は、幾度となくそのお店を訪ねた。ケージの中の保護猫達を眺めていると、無邪気に柵によじ登り小さな手を差し出して甘える子猫の横で、じっと悲しそうな眼差しで私を見つめ、丸くなり、震えるタマミに出会った。

チャコールグレイと黒の鯖柄できれいな薄いグリーンの瞳。その愛らしい容姿と裏腹に、何度里親に引き取られても、飼い主に懐かず、人間に怯えて威嚇し「何度もリバースで、ここに戻ってくるのよ」と店主がため息まじりに話すのを聞いていた。

後日、私は譲渡誓約書にサインをした。
タマミを引き取る事を決心したのだ。決めた理由はタマミを幸せにしたいと強く思ったからだ。人間って思っているより優しいんだよって教えてあげたかった。

子猫ではなくなっていたタマミはさらに居場所がなくなりつつあるようだった。
その過敏さ、人間が怖くて信用できず、頑なに心を開かない気質が私自身と重なりあって何とかしたくなったのだ。

引き取りに行った日もタマミは私を見て怯え、毛を逆立ててシャー、シャーと私を威嚇し続けゲージから出ようとせず、見かねた店主がタマミを無理矢理引きずりだした。 

私が持参した猫用のキャリーに入れられたタマミは弱々しくにゃーと鳴いた。胸が締めつけられるような気持ちになった私は、しゃがみ込んで、キャリーを覗きこみ、小さな声で、「大丈夫だよ。」とつぶやいた。

店主にお礼を言い、レジの横の「猫の去勢費用の募金箱」にお金をいれた。

キャリーの方を振り向くと、カツオがキャリーの上にのり、隙間に顔を入れ、タマミに向かって何度も鳴いている。

様子を見ている私に「カツオはね、タマミの彼氏なのよ」店主は小声で教えてくれた。
爪を引っかけて、足を突っ張り離れようとしないカツオを店主が慣れた手つきで、ひょいと抱えあげた。

私はお店の前に横付けしたブルーのPandaのハッチゲートを開け、後部シートを倒しタマミをいれたキャリーを積み込んだ。

お店の前でカツオを抱いた店主が見送ってくれた。車の窓を開け、「大切に育てます。ありがとうございました」と頭を下げた。

自宅にタマミを連れて帰った日から、私とタマミの格闘の日々が始まった。キャリーを開けると、ダッシュで逃げ回りソファーの下やテレビの裏に潜り込み、捕まえようとする私の手や顔を引っ掻く。
追い詰められたタマミは猫のトイレの砂の中に丸まって、触ろうとすると、低く唸り、威嚇する。餌も、水も減る気配がなかった。夜も鳴き続けるせいで、私は数日間ほとんど眠れていなかった。

困り果てた私は5日目に保護猫のお店に電話をかけていた。興奮ぎみにタマミの様子を訴える私に店主は静かに、優しい口調で「大丈夫?戻してもらってもかまわないのよ」と言った。

私は一瞬黙りこんでしまった。私が幸せにしたいと思って引き取ったのではないか。情けなくて、涙が滲んだ。大きく息を吸い、言葉を噛み締めるように話した。「大丈夫です、一度お預かりした大切な生命ですから、お返しする気持ちはありません」店主と話しながら、再び覚悟を決めた。 

引っ掻き対策の為、軍手をはめ、何とかタマミを捕まえてお店から分けていただいたケージに入れる事ができた。タマミのお気に入りの猫用ハンモックもついている。ケージに入ったタマミは居場所を見つけたように、ほっとして見えた。

翌朝、餌の皿は空っぽになり、水も半分くらいに減っていた。うれしさのあまり、「よしっ」とガッツポーズを決めていた。

ケージの扉を開け、餌を与え、水を交換する作業のみで、タマミには触れず、数ヶ月が過ぎた頃、ソファーでうたた寝をしていた私の耳もとで、携帯電話がなった。保護猫店の店主からの電話だった。

「どうかしら、ぜひ考えてみてほしいの」
店主と話し終わり、携帯を手に持ったまま、その言葉を反芻する。

話しの内容は、カツオを引き取ってくれないか。と言う話しであった。お店の看板猫のミケが最近お店に入らなくなり、その原因がカツオらしく、どうも二匹の相性が合わないらしい。

誰にでも懐き人気者のカツオと足が不自由でも健気に頑張り、皆んなに愛されるミケ。猫どうしにも複雑な感情があるのだろうか。

家に白羽の矢が立ったのはカツオがタマミの彼氏だったかららしく、タマミはカツオが大好きだったからきっと相性が合うはずと言う理由であった。

人間が怖くて、自分の殻に閉じこもってしまっているタマミ。撫でて抱きしめて愛情を与えてやりたい。しかし、それは私のエゴで、タマミにとっての本当の幸せは何なのか…

そしてカツオは我が家の一員になった。あれから早くも7年の月日が流れた。カツオの後ろを嬉しそうに付きまとうタマミ。
噛まれても蹴られてもカツオへの一途な愛は不滅だ。

愛は不滅です

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