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私はきょう、ズボンの中に手を入れる。


モサモサ。ズボリ。ふぅ。
無意識に手先がもぞもぞとしだして、「あっ!」と思った時にはもう、私の腕はズボンの中。家でのスタイルはもっぱらこれである。

なぜそうするのか。いつからそうしているのか。

どうしてだろう。ただとてつもなく安心するのだ。
冬場の猫がこたつを恋しがるように気づいたらもう温もりの中にいる。

体育の時間いたアイツ

過去を振り返ってみると、私と同じ安心感を得ていたのではと思われる同志がいたことを思い出す。

ジャージの中に両手を突っ込んで歩くアイツ。

扱いが荒くてウエストのゴムが緩んでしまったのか、購入時に「体なんかすぐ大きくなるんだから」と母親に言われて大きなサイズを選んだのか。アイツのジャージはよく伸びた。

とにかくアイツは二本の腕をかなり深くまで突っ込んで、歩いていた。歩きにくいことこの上ない。転んだら手を付けないし危ない。

寒いのかな、と思えなくもないが、私にはわかる。

アイツは安心したかったんだ。

「あー体育とかまじだりぃ」というアイツの声が聞こえる。もしかしたら体育に自信が無かったのかもしれない。体を動かすのが苦手だったのかもしれない。

「大丈夫だよ」と過去のアイツにエールを送る。
不安になったら、また入れればいいだけなのだから。

アイツサイズに仕上がったズボンのウエスト、他の誰のものでもない。

#寝る時にズボンの中に手を入れて寝る人と繋がりたい

「世界のどこかにも同じきっと同じ人がいる」とにらんだ私は過去の航海から抜け出して、ネットの海へもぐりこんだ。

やっぱりいた。
Tic Tokには珍妙なハッシュタグと共に1本の動画が投稿されていた。

15秒の映像には布団で寝ている若い男性の姿。撮影者は同棲している彼女だろうか。

画面の中央には「私の同居人は最近ズボンの中に手を突っ込んで寝ます」の一文が躍る。

彼女が見た時にたまたま手がズボンに入ってしまっていたのかな、と思えなくもない。けれど、私にはわかる。

彼は安心したかったんだ。

彼がズボンに手を入れ始めたのは”最近”のことではない。もっと遠い昔からオアシスを発見していたに違いない。

だが、彼はその行為が恥ずべきことだということを知っている。滑稽に見えるということを知っている。

同棲を始めてまだ間もないのだろう。きっと我慢していたはずだ。
目の前に水があるのに、砂漠の渇きに飢え続けた彼の心痛を思うと胸が痛い。

「いっぱい入れていいんだよ」。
画面の向こうにエールを送る。ここにも仲間がいるのだから。

それはそれとして、この無粋な彼女が誰とも繋がらないことを祈るばかりである。

Yahoo!知恵袋の問答

やはり世の中には一定数の同志たちがいるらしい。

Yahoo!知恵袋に投稿された内容はまたしても、彼氏の”奇怪な”行動を不審に思った彼女からのものだった。

男性が、無意識のうちにズボンに手を入れている行為について〈中略〉安心しきっている、マザコンという回答を見つけました。

〈中略〉そもそも落ち着くって何から落ち着こうとしているのでしょうか?

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1131099176

この質問に対して用意された回答はこうだ。

この男性の「特徴的な行動」をちゃんと調べた心理学者がいます。その説には、「自分が自分であること」「自分が生きているということ」の安心感としてチンチンを触るのだそうです。

そうだったのか。

体育のアイツも、Tic Tokのアイツも、私も。
みんなみんな、自分の事を抱きしめていたんだ。

私は私でありたかったんだ――。


回答者には、質問者からお礼のコメントが付けられていた。

凄い!!これ以上の回答はないと判断しました!! スッキリです!! 有り難うございました☆
回答は「ベストアンサー」に選ばれていた。

きょう、一日の終わり。家のソファでくつろぐ自分の姿を想像する。

私の両腕は、どこにあるだろう。


ずぼり。

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