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新米記者が見た検察③居酒屋での誘惑

使命

”巨悪を眠らせない”

検察の王道コースを歩むひとたちがよく口にすることばだ。社会を揺るがす”悪”を摘発し、是正していく。検察を端的にあらわす表現といっていい。

相手が総理大臣であっても、偉い財界人であってもひるまない。絶大な権力をにぎっているからこそ、黒川検事長の定年延長問題がこれだけ国民の関心の的になっているわけだ。

事件の糸口

検察はどうやって事件をみつけてくるのだろう。

たとえば、最強の捜査機関と呼ばれる東京地検特捜部の場合、当時は3班にわかれた捜査体制をしいていた。X副部長は「足を使わなきゃ、足を」とよくいっていた。

犯罪の温床といわれる税金の流れを把握する国税当局、証券市場の異変に目を光らせる証券取引等監視委員会、全国にネットワークをもつ警察といった関係機関から情報提供をうけていた。

日本の大手金融機関や、地域情報に通じる電力会社なども水面下で検察に協力していた。

あるいは日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が罠にはまったように、内部告発も有力な情報源だ。

もう1つのルートは意外と知られていない。

茶封筒をみた夜

ある検察幹部は、仕事帰りに記者の取材をうける習慣があった。その方法がユニークだった。

検察庁舎から地下鉄の出入り口までの200mほどの距離を「黄色い線から電柱までは日経の取材」「電柱から赤いコーンまでは産経の取材」などと分けるのだ。持ち時間は数10秒しかなかった。

とある夜。筆者が短い取材を終え、A社とバトンタッチした。なにげなくふりかえると、A社の記者が検察幹部に茶封筒をわたしているシーンに出くわした。

この業界で「持ち込み」といういわれるヤツだ。検察幹部が手をふって感謝の意をあらわしていた。

検察幹部の誘い

別の検察幹部を番記者たちで囲む飲み会に参加したときのこと。真っ黒に日焼けしたゴルフ好きのこの検察幹部は、宴もたけなわのころ、おおきな声で演説をはじめた。

「きょうはありがとうございます。わたしは、みなさんを同志だとおもっています。だから持ち込みは否定しません。持ち込んでもらった案件が成就したあかつきには、すこしはサービスします!」

持ちつ、持たれつ

おわかりだとおもうが、「持ち込み」とは刑事事件になりそうな犯罪ネタをメディアが捜査機関に提供することだ。たとえば、こんなものだと想像してほしい。

「A衆院議員の公設秘書であるBは、『Aの指示を受け、国交省職員のCから提供された道路工事の入札価格を、ゼネコンD社の担当者Eに漏らす見返りに、Eから金品1億5000万円相当を受けとった』と証言している」

といった具合だ。先の検察幹部が「サービスする」といっているのは、いよいよ衆院議員のAを収賄容疑で逮捕するときは「持ち込んだくれた会社にだけ、こっそり逮捕日を教えるよ」という意味でもある。

これは事件の共同合作といえるだろう。脚本家(メディア)がシナリオを書いて映画会社(検察)が巨費をとうじて映画をつくる。検事のバッジをつけていないだけで本質的な役割はメディアも同じだ。

検察とメディアとは

筆者はいまなお、この「持ち込み」をどう評価すればいいかわからない。ある程度は理解できるが、検察とメディアがかんたんに世論を形成できる点には危うさをかんじる。なにより、メディアが「検察=正義」という図式に疑問をいだかなくなる副作用がある。

最後に知り合いの現役記者が、あるベテラン検事からうけた忠告を紹介する。老獪(ろうかい)な検事像がにじむことばだ。

「わたしからみると、記者を篭絡するのはすごく簡単なんだ。だからこそ、記者は自戒しなきゃいけない。少々仲良くなったぐらいで『このひととおれは親しいんだ』と思わないほうがいい」


◇今後の連載予定◇

最終回「黒川さんのこと」


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