見出し画像

祈りの領域に神のお試しはない、あるのは✴︎未知からの祝福✴︎✨✨✨✨✨✨✨✨


"楽しむしかない"



この言葉に助けられて、更に
楽しんだ。新しい事を知るたびに、何も知らなかった事を知り、無知の知を知る、それが、まだ自分に伸び代がある事への喜びに繋がって、嬉しかった。



レイドウレイキをはじめて
約1ケ月程たった頃
遠隔ではなく実際にも
父と対面でエネルギーワークを
するタイミングがやってきた。



主人も一緒に実家へ帰り、
チャネラー J に教えてもらった様に
主人が父の前に立ち、私が後ろに立って、父の肺を挟んでエネルギーをおくりあう。



次は、父が寝転んだ状態で
頭側を主人、足側を私で
エネルギーをトランスファーさせて
ヒーリングする。レイドウレイキ➕オリジナルの何か。。。



何故か何をするかも、説明しないままに、ヒーリングをスタートした私と主人。父は、されるがままで
何をしているかを聞く事もなく、


一言、

    「ありがとう。」


        と、言った。



父は、それが何かを確認する事もなく、ただ気持ち良さそうに受け取って、そして、それが何かを、知っているようでもあった。



終わった後もそれが何だったかを
確認する事もなく、ありがたく
受け取ったようで、最後に
私と主人に、手を合わせ、頭を下げて礼をした。


     なんなんだ。
     この儀式の様なものは!



その間中、誰も言葉を発する事なく
終わった後も、無言...


何が起こっていたかは、誰も気にする事はなく、でも、何かがちゃんと成立していて、その気配だけが残っていた。


実家に滞在中は、無言の中でそれを毎日繰り返した。その度、ありがとうと言って、手を合わせ礼をする父。見ている母も、何をいう訳ではなく、静かにお茶をたてる。


非言語の優しい気持ちの交わりが
充満している。




そして、実家を後にする時、
やっと感極まって、涙が溢れた。
帰る時はいつもの事だけど、
この時のその空気は、いつもとは
比にならないくらいに、極まった。


そして、その数日後の父の肺の
検査の結果は、黒い影は消え、
一番心配していた症状は、なくなっていた。


    このまま何もしないで
    ほっておけば彼の寿命は
    あと半年で終わる。



を、反転させて、このままほっておかなかった事で、何かが変化したのなら、こんなに嬉しい事はない。


そして、大いなる何かと、内なるガイダンスの導きのまま、あれよあれよと行動した事からの学びも、手にする事ができ、そのオーガナイズは
完璧だと思えた。


私も主人も、その報告を聞き、深い深い息をついて、顔を見合わせて
喜んだ。



そして、目の前の現実が、変わっていく前に起こる、内側の変容や、送られてれくるサインや、メッセージが気のせいではない事、わからないままにやってみる事で体験できる、未知からの祝福を体験したのだった。


それからも、毎日の瞑想、地球のヒーリング、紛争や争いで傷ついた人が多い地域へのヒーリング、祈りは続いた。


そして、父の肺の事が落ち着いた頃、流産後、部分胞状奇胎だった為に、2年間は子作りをしてはいけないといわれていたその2年が、あけた。


晴れて子作り解禁となり、体の栄養や、その為にいいと言われる事について、見聞きする情報の中で、ピンとくるものは、全部取り入れていった。



そして、その頃はすでに
週末のクラブ遊びは、山登りへ
ミラーボウルは、月明かり、太陽へ
お酒は、良質の水へ、薬はホメオパシーへと、シフトしていた。



いつ、それが来てもいいように、
できる準備は整えておきたかった。



でも、前回作ろうとして、すぐにできた時程、今回は容易くなくて
うんともすんとも、その兆しがない時期を、何故できないかを思案して悶々としながら過ごすようになってきた。


生理が来るたびに、ガッカリする私に、主人は毎回、「これで、やっと準備ができた。」と言って、
慰めてくれた。


       ホント、神!!!


その言葉を8回聞いた頃、又段々と真面目になりすぎて、執着している自分に気がつき、それも、"楽しむしかない" のだ、と思い出した。



すると、こんなメッセージがやってきた。(Shiva)


  私は貴方の子供を守り、癒す
  私は貴方の苦悩から守り、癒す
  太陽のエネルギーを手と足に通   
  し、体のバランスをもどし、
  充電をたすける、エネルギー、
  solar energy


次の日から、太陽を浴びに
公園にでかけては、寝っ転がって、
ぼーーーっとした。


そして、ふっと思った。
私達が欲しい時に来るんじゃなくて、あちらが、来たい時に来るんだな、、、。
待つしかないな。。。


それが腑に落ちたある日、また、
生理のような血がでた。
あ、またか、、、。と、しばらくしてから、主人に報告しようとして、
次の日、血の量が減り、その次の日血が止まった。


      ん?
      生理じゃない?


      え?



と、速攻で妊娠検査薬を買いにいき
そして、確認する事に。


おそるおそる、片目をあけて、みた


    お出ましだった!!!


そして、主人に報告しながら、思い出した!その営みをしたのは、私のお誕生日の4月8日!なぜなら、その月はその日のみ!そして、お誕生日プレゼントに一番欲しいものを聞かれて、子供、と答えていたのだ!




   Wow!なんてプレゼント
   なんだ!!!


宇宙(私)と神(八百万)と主人からの
お誕生日プレゼントは、想像を超えた規格外のにくい演出でおくられ、これほど無性に愛おしく、強烈に神秘的な未知なる生命体が、私を通してやってくる、生命の神秘に触れる体験を与えてくれた。


そこからはじまる、神秘の連続は
時には生々しく、時には神々しく、
一つの魂が、人間という生命体として、この地球に足を踏み入れる事を決めてきたそのシナリオにのっとって、私のお腹の中で、その魂が纏う肉体、体がつくられていく。


私のシナリオと
主人のシナリオ
新たな生命体のシナリオは



それぞれ単独でありながら、
折り重なって、開いていく
蓮の花のようでもあり
二重奏から三重奏、デュオからトリオへ、ペアからチームへと
エネルギーバランスを変えているようだった。


前回のようにならないか、という不安が全くなかった訳ではない。だけど、お誕生日プレゼントという魔法の言葉や、大きく変容した私の意識は、不安になりそうになると、そのまやかしに屈しないように、ご機嫌でいる為のセンサーを押して、できる限りの軌道修正していった。


そのようにしていると、宇宙(私)も、神(八百万)も、私を試すような事はせず、ただただ誠実に向き合って、真摯に答えてくれる。



神のお試し、とかよくいうけれど、
そんな駆け引きのようなものは
祈りのバイブレーションと似通った波動の中では、存在しない。
いたって、高尚で誠実だ。



だから、毎日、
祈るように起きて、
祈るように眠る。
祈るように食べて、
祈るように歩く。
祈るように音楽を聴き、
祈るように歌った。


そんな毎日の連続の中でも、穏やかな日々だけではなく、前回も最悪だった悪阻は、今回もなかなか手強かった。だけど、その為に不安になる事はせずに、世界中の母達をリスペクトし、祈りながらそれが通りすぎるのを、辛抱強く待った。


祈りのバイブレーションは、創造の源となるエネルギーとも相性がいいのか、祈りの最中にいろんなアイデアがきたり、インスピレーションがきたりする。


父と母からの教えを、絵本のようなものにして、生まれてくる子に伝える、というインスピレーションが来た時は、画用紙いっぱいに絵を描いて紙芝居のように、後に文章を書いてみた。


例えば、こんな話。子供の頃、夕食を食べる時、"いただきます"を適当にして、食べようとした事があった。



その時、父に言われた事。

 「真紀、いただきますの、意味を
  しっていますか?
  "いただきます"というのは
  私が生きていく為に、牛さん、
  豚さん、鶏さん、キャベツさん
  きゅうりさん、トマトさん、
  貴方達の命を"いただきます"
     と、いう意味なのだから、
  そんな風に、おちゃらけた
  言い方では、良くないのじゃ
  ないかな。」


と。


私はその話を聞いて、自分の"いただきます"と、命をいただく、のフレーズに、かなり凹んだ覚えがあるが、それ以降、必ず手を合わせて、感謝を込めた"いただきます"に変化した。



それを、可愛い絵本みたいなもので伝えるといいんじゃないかな? とか、そんな風にして、不安になりそうになると、創造の方にエネルギーをむけて、祈りと共に、生み出していく事にフォーカスをむけた。


どんな小さなインスピレーションも
創造の為にやってきていて、物理的な物でなくても、ふっと、ありがとう、と伝えたくなった想いを伝える事で、そこに、感謝が生まれたりする。生まれるのは、物だけじゃない。色んな意識が生まれる。これも、創造のはじまりだ。


そして、妊婦生活がはじまって
公園でボーーっとしている最中に、
また、メッセージがやってきた。


 「神聖な母よ。
  あなたの子宮の産物は
  あなたの道の光。
  与えられるピースと安らぎに
  従い、ありのままを受け入れ
  変えようとしないこと
  もうすでにパーフェクトなの
  だから。全てを愛し、
  全てに尽くしなさい。
  それがあなたが求める事
  なのだから。」



それは、なんだか、
何世紀も前から知っている
古い知り合いのような、
懐かしい懐かしい
エネルギーだった。


そこには、
深い知識があり、
意識の力によって、
存在している事の、
深い深い叡智を感じた。。。































この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?