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「勝利だけがアスリートの価値ではない」レッドハリケーンズ大阪・栗原大介をラグビー選手たらしめるものとは

<トップ写真:©︎2024 OSAKA SPORTS GROOVE>

OSAKA SPORTS GROOVEでは、大阪市内に拠点を置く8チームならではのインタビュー記事をお届けします。『大阪からスポーツを語る』では、地元・大阪でプレーする各チームの選手に、これまでのキャリアや競技に対する思いを語っていただきます。

今回登場するのは、レッドハリケーンズ大阪の栗原大介(くりはら・だいすけ)選手です。慶應義塾大学を卒業後、シャイニングアークス東京ベイ浦安に入団。10年間の選手活動を経たのちチーム再編成に伴い、2022年にレッドハリケーンズ大阪へ移籍、現在は日本ラグビーフットボール選手会副会長としても活躍されています。

栗原選手のラグビー人生を振り返りつつ、印象に残っている試合や現在行っている区民アンバサダー活動などのお話を伺いながら、さらには競技の魅力や見所も教えていただきました。


移籍後の練習試合が「想像以上に楽しかった」

グラフを用いて、ラグビー人生を振り返っていただきました

ー元々サッカーをされていたそうですが、ラグビーを始めたのはいつ頃ですか?

中学3年生の秋です。それまでは幼稚園からずっとサッカーをやっていました。中3の夏に部活を引退したタイミングで、ラグビー部に助っ人という形で呼ばれたんです。ラグビーだけは秋に大会が控えていたみたいで。僕は大会に出るために入部して、その時に初めてラグビーをやったのですが、たった2ヶ月プレーしただけなのに高校から複数の推薦状が届いたんです。10年以上続けていたサッカーではこれといった成績が残せていなかったので正直驚きました。実際ラグビーをやってみて楽しかったですし、当時はやるべきスポーツを間違えてたなって思いました(笑)。

ー才能がすぐに開花したんですね。高校入学後もグラフは上昇しています。

高校に入ってからは、ラグビーの魅力に引き込まれ、プレーを楽しみながら競技について様々なことを学びました。高3の時には、神奈川県選抜に選ばれ国体で優勝、この実績が評価され卒業後は慶應義塾大学へ進学。大学時代は前十字靭帯を2度も切るなど怪我に悩みつつも、副将を務めたり早慶戦で勝利したりと、数々の貴重な経験をさせてもらい、ラグビー人生の中でも最高の時期だったと思います。

トップリーグ時代は、過去の怪我の影響もあってリハビリ中心の生活が長く続きました。復帰したと思ってもまたすぐにリハビリといった感じで、その二つを繰り返す生活。社会人7、8年目の頃に、食生活を含めて生活全般を見直したことで少しだけ状況は好転したものの、再び怪我の影響が出たりヘルニアを発症したりと選手としては苦い経験が多かったです。

ー苦しい状況が続く中、チームの再編に伴いレッドハリケーンズに移籍されました。移籍後はいかがでしたか?

移籍した時、実は引退を考えていました。膝の調子も悪くて、選手としてはもうダメかなと。でもレッドハリケーンズに来てから、やっぱりもう少し頑張ろうとリハビリに専念することを決めました。その甲斐あって、移籍した年の12月に昔のチームとの練習試合に出場できたのですが、それが想像以上に楽しかった。チーム再編(※)でプロとアマチュアという区別をされたけれども、いやいや自分たちだってまだ全然やれるっていう手応えを感じたというか。そういった意味で、この試合は自分にとって印象深い一戦になりましたね。

※2022年7月にNTTコミュニケーションズ シャイニングアークス東京ベイ浦安とレッドハリケーンズ大阪はチームを再編成。浦安はプロ選手を中心として日本一をめざせるチームを組成、大阪は社員選手を中心にアスリートがもつ多面的な価値を地域や社会へ還元するチームをめざす方向で再編を行った。


地域活動を通じて気付いた「アスリートの価値」

ー具体的にはいつ頃から引退を考えていたのでしょうか?

4、5年前からですね。トップリーグでプレーしている間にも怪我はありましたが、その時は自分が引退するイメージは全くなかったんです。試合に出られない自分も想像できませんでした。ただ、体が思うように動かなくなってきたときに、自分は一体何をしているんだろう?と思うようになって…。1年間ほぼリハビリのような生活を送るなかで、「今の自分は本当にラグビー選手と言えるのだろうか?」と悩むこともありました。

ただそのときにふと、「アスリートをアスリートたらしめるものは一体何か?」という疑問が湧いてきたんです。試合に出ることやチームで良い成績を出すこと、色々とありますが、広い視野で見たときに、あるスポーツのチームが勝っているか負けているかって、そこまで重要なことなのだろうかと思ったんです。

今、僕たちは『Osaka Pride』を掲げて、区民アンバサダーとして地域に対し積極的にアプローチしていますが、関わる人たちの中にはラグビーに詳しい人もいればそうでない人もいます。それでも僕らラグビー選手の存在を価値ある存在と感じてくれて、自分たちとのふれあいを楽しんでくださっている。地域の方々にとって、僕たちと過ごす時間が非日常になっているわけです。

つまりラグビー選手と直接交流するという経験が、試合の勝敗以上に地域社会への貢献に寄与できているなと。チームへの直接的な貢献ができなくとも、今このようにラグビー選手としてのアイデンティティを保てているのは区民アンバサダーとして活動させてもらったおかげかもしれません。ここ1、2年は、勝利だけがアスリートの価値ではないということを念頭に置きながら活動しています。

ー区民アンバサダーとしてどういった活動をしているか教えてください。

具体的な活動内容は、小学校を訪問して授業を行ったり、ご高齢の方々と一緒に体を動かしたり。他にも区役所と連携して地域が直面している課題の解決に一緒に取り組んでいます。過去には、災害時に役立つアプリのダウンロードを促進するために、僕たちがスマホ教室を開催したことも。その教室の中で参加者の方々に、防災アプリをダウンロードしてもらいました。地域が抱える悩み事に対して、できる範囲で何でも対応している感じですね。

ースマホ教室を開催できるのは、母体企業であるNTTドコモさんの強みですね。子どもたちとの取り組みの中で印象に残っていることは?

子供たちはひたすら楽しそう(笑)。ただ、僕が注目しているのは選手の方です。人前で話すことに不慣れな選手が多く、最初はみんな授業をするのも一苦労。それでも資料作りや話し方を工夫する中で、少しずつ変わっていきました。自分の言葉で伝えるという経験を通じて自信が増していったなと。

特に野田響選手は変わりましたね。彼はすごくイケメンなんだけどあまり喋れないタイプ(笑)。それがアンバサダー活動を通じて、堂々と人前で話せるようになりました。今では社内の報告会でプレゼンテーションを務めるまでに成長。アンバサダー活動は地域やチームのためと思われがちですが、僕個人としては選手のためが一番大きいんじゃないかなと思っています。

高校、大学、社会人を経て理解した「ラグビーの本質」

ー過去に「高校3年間ではラグビーの本質のところまでは迫れなかった」という言葉を残されていますが、こちらの発言の真意をお聞きしてもいいですか?

高校時代に感じていたラグビーの楽しさって、自分でボールを持って走ったりタックルで相手を止めたり、個人プレーにあると思っていたんです。でも大学に入ってチームプレーを学んだことで、その考えが変わりました。チームの一員として自分のやるべき仕事をして、その結果トライを奪い勝利を収めることに、喜びを感じるようになったんです。

社会人になってからは、怪我の影響もあってチームを俯瞰して見るようになったと思います。キャリアを重ねるにつれ徐々に視野が広がり、チームをまとめ上げて結果を出すことの重要性を学びました。今はチーム全体の動きや試合の流れを楽しんでいます。

もちろん全てがスポーツの本質ではあると思うんです。自分自身のプレーを楽しむこと、チームプレーを楽しむこと。そして、チームをマネジメントして動かすことも。今はどれも本質だと思えています。その発言をした時は、高校生の頃に感じていたラグビーの楽しさを本質の一部であると認識していなかったんです。

ー昨年は日本ラグビーフットボール選手会の活動の一環として、オーストラリアへ視察に行かれました。具体的にはどういったことを視察されたのでしょうか?

ラグビー選手のメンタルサポートの現場を視察しました。海外の各チームには、PDM(プレイヤー・ディベロップメント・マネージャ)という方々がいて、選手のキャリアやメンタルを包括的にサポートしています。PDMはチームとは独立して雇用され、オーストラリアでは選手会から各チームに派遣されているんです。簡単に言うと、PDMはカウンセラーのような役割を担っていて、海外では選手が安心して自分の悩みや不安を相談できるシステムが整備されています。

では相談するとどうなるかというと、PDMとのやり取りの中で解消されるものもあれば組織として取組まないと解消されない問題もあります。話した内容は個人情報が守られた形で共有され、集まった声を分析することで課題を特定。解決したい課題に応じて様々なチームアクティビティを行い、それを通じて各選手のストレスや不安が軽減されるといったプロセスを辿ります。大きなプレッシャーは競技性の向上に寄与するものの、一方でセーフティーネットは必要だよねと。

選手会としてリーグワンの選手を対象に行ったアンケート結果によると、3人に1人が精神疾患を抱えている可能性があり、10人に1人は重度の疾患の可能性があることが分かりました。選手たちは表面的には強さを見せていても、実は大きなプレッシャーを抱えながらプレーをしていることがデータで証明された形です。

しかしながらリーグワンには現状PDMのようなシステムはなく、選手のメンタルサポートが十分に行われているかというとそうではありません。今回の視察で得られたことを還元しながら、今後リーグと協力してサポート体制の構築を目指したいです。

―最後に、読者の方々にラグビーの見所や魅力を教えてください。

今、日本のラグビーはかなりレベルが高くなっていて、試合は本当に面白いです。ラグビーをプレーするのは大変ですけど、観戦するのはすごく楽しい。得点の有無に関わらず、常に何か衝撃的なことが起こりますしね。一例ですが、選手が空中でぶつかり合ってボールを奪い合ったり、着地すると同時に他の選手が押し寄せてきたり。見ていて飽きないのがラグビーの魅力です。

他にも、激しいぶつかり合いの中で生じるフィジカルと戦術のミスマッチが、ラグビーの見所かなと。例えば、大柄な選手が足の速い選手に正面からぶつかりに行って吹っ飛ばして抜くとか、逆に足の速い選手が大柄な選手に触らせずに抜くとか、そういった場面がたくさん見られます。フィールド上の選手一人ひとりの個性に注目しながら、ぜひ技術と力の駆け引きを楽しんでください!


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