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イイダさんも展示の一部になった日。 イイダ傘店15周年「翳す」

宝物は何ですか?それも自分で探しだし、自分のお金で買ったもので。

私にとってのそれはイイダ傘店の日傘だ。刺繍で表現された、花のようにも見えるトウモロコシの輪切り柄。留紐には陶器のトウモロコシのボタンが一粒、ちょこんとついている。どこへ連れて行っても褒められる。道ゆく人に話しかけられることもしばしば。自慢の傘だ。
もうかれこれ7年ほど大事に使っている。

とある真夏日にいつものように日傘をさす。
ふと地面に落ちた自分の濃い影を見ると、切り傷のように光が入っている。
そう、破けていたのだ。これは大変!

ここで初めて、私にとってこの日傘は「お気に入り」を超えて「宝物」だったんだと気づく。
なぜなら「新しいものを買おう」でなく「直してもらおう」と思ったからだ。

そういえば少し前に展示受注会のDMが届いていた。新作をいつも楽しみにしていながら、買わないくせに顔出すのも冷やかしみたいで申し訳ないなと及び腰になっていた展示受注会。今回は修理のお願いをする大義名分ができた。しかも15周年の記念の展示会だという。よし行こう。

会場は表参道のスパイラル。これまでの作品がコンセプトとともに並ぶ。大ホールには鳥の群れが大空を飛んでいるような、傘のインスタレーション。

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ああ、15年の間にこんなにたくさんの作品ができていたのか。感慨深かった。
アトリエを再現したコーナーもあり、畳の上に広がる生地、ミシンや色とりどりの糸、瓶詰めの部品、古びた木の小机などなど。材料から道具にいたるすべてが、イイダ傘のブランドイメージにマッチしていた。

展示を見終わる頃、イイダさんご本人を見つけた。長身で坊主頭、大きく柔らかく丸い雰囲気を纏ったイイダさんは遠くからでもとても目立つ。勇気を出して話しかけてみる。きちんとおしゃべりしたのはこの傘を買って以来実に7年越しのような気がするのだが、なんと、覚えていてくださった。嬉しい。ありがとうございます。

展示会開催おめでとうございます。あの、ずっと大切に使っているのですが破れてしまったみたいで。

見せてご覧‥ああ、これなら今直せるかも。時間ある?大丈夫?

なんと、今すぐ直してもらえることになった。

アトリエ再現コーナーの畳に座り、作業を始める。あれれ、イイダさんも展示の一部になっちゃった。
縫い目をほどき、レトロなアイロンでシワをのばし、レトロな小さいミシンで瞬く間に縫い合わせる。よかった。縫い目がほつれただけだったんだね。
大きなイイダさんが小さなミシンを扱うのがなんだかかわいらしかった。
展示受注会の期間中は傘の製作はお休みになるそうで、いつもの仕事道具がそのまま展示されていたとのこと。
撮影の許可をいただいたので、このスペシャルな体験を撮らせてもらった。

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イイダさんは大学を卒業して就職せず、すぐに傘を作り始めている。卒業後いきなり独立への不安はなかったのか。ちなみにイイダさんは私の通った学科の大先輩でもある。自身のフリーランスへの想いが燻り続けている私は、聞いてみた。

不安は今でもいつもあるけれど、やめられなくなっちゃったんだよね。

ふわっと笑っていた。
一生懸命目の前の仕事を丁寧にやり続けた結果なのだろうと思った。

イイダ傘店の傘はイイダさんの作品でありながら鑑賞用でなく、実用。そこがうれしいところ。私たちの日常に自然に溶け込み、一部になってくれる。そしてちょっとだけ日常の価値を高めてくれる。私もファンの一人です。
夏はあまり好きな季節ではないが、この日傘のおかげで出かけるのが楽しくなる。

大変なこともあるだろうけれど、自分の表現を買って喜んでくれる人がこんなにたくさんいたら幸せだろうな。やっぱり憧れる生き方です。
私も自分の表現でだれかの日常を豊かにしたい。それを実現するにはどんな形が私には適しているのだろう。

今は、いつかイイダさんの雨傘を手に入れるのが夢である。
就職した初任給で日傘を買ったように、何か自分に転機が訪れたら買おうと決めている。宝物が増えるのが楽しみだ。

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