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毒親が “ただ親” になった世界( #家族について語ろう )


※この記事は、危険を伴う環境に戻ることを推奨するためのものではなく、あくまでも “選択肢のひとつ” として参考にしていただければ幸いです。どんなときでも、身の安全を最優先されてくださいね※


こちらの記事の中で
「書きますね」と言っていた内容です。




私は今年、
親との関係が
毒親子 から ただの親子
になりました。

なんで?と思う人、
いいなぁと思う人、
うわぁ無理と思う人、
色々だと思います。

皆さんが、
どの世界を選びたいか、の
参考になれば幸いです。




前情報として
ざっくりした自分史をいうと

機能不全家族で育ち、
20代前半の頃に、
もう無理だなと思う出来事があって、
親と縁を切る、と決めました。

その後、居場所を求めて
勢いで結婚するも、
傷だけを絆にした関係性が
お互いを支えられるわけもなく、
夫婦関係はすぐに破綻。
最終的には、安全のために
赤子を抱えて逃げることとなります。

以降は、
離婚・病気・保護、
福祉に支えられながら社会復帰、

そこから
経済的/精神的な自立を経て、
今に至るといった感じです。

当時は、
「親に頼るぐらいなら死んだほうがマシ」
と思っていたので、

当然、親は、
これらの過程を知りません。

(たぶん今後も話さないかなぁ)




親と連絡をとったきっかけは、
今年の正月に原因不明の不調が続き、
ある日突然、

「子どもと真剣に向き合うには、
 先に私が自分の親と
 決着をつけなくては」

と思い立って、
実家に手紙を送ったことが始まりでした。


何度かやりとりをした後、
親から「会いにいく」と言われます。


元々は、
親のことを思い出すだけで
吐き気がしていたので、

会ったらまた
心身壊すんじゃないかと

悩んだ末、
思いつく限りの
防衛線を張ったうえで
会うことにしました。



そして春、
実際に会った両親は
“ とても小さく ” 感じました。

以前は、親の存在は、
“ とてつもなく大きな壁 ”で、
「ここから抜け出すことなんてできないんだ」と、牢獄で手枷足枷をつけているような気分でしたが、

目の前の小さく感じる者たちを眺めながら、
「私は一体何に怯えていたんだろう」と
拍子抜けしてしまったぐらいです


(もちろん、洗脳的に思想を
  植え付けられている間は、
  その相手を “ただの人” とは、
  全く思えないですよね



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ここまで読んでくださった方は、

「そうか、親御さんが改心したんだなぁ」
と思われたかもしれません。


残念ながら(?)、
親自体はさほど変わっていません(笑)

もちろん、
年齢に伴う身体の衰退 や
スローライフによるゆとり が
多少は言動をマイルドに
しているのかもしれませんが


思考回路も
選ぶ言葉も行動も

「相変わらずやなぁ」と
こちらが苦笑してしまうほど、
基本的には変わっていません。



ただただシンプルに、

“ 私が影響されにくくなった ”

だけなんです。




それは、同時に

“ 私が相手に影響を与えない ”

ということでも
あるのかもしれません。



「こんな親だったらよかったのに」 
「なんでわかってくれないの」

は、そのまま、

「こんな子だったらよかったのに」
「なんでわかってくれないの」

になって、自分に
跳ね返ってきていました



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こちらの記事の中で、

①その相手に意識を奪われなくていい環境

②自分がゆるむことができる環境

をまずは整えてみてくださいね、

と書きました。



筆者自身に当てはめてみると、


絶縁期間(距離・時間)に
日々の生活(仕事家事育児)に集中しつつ、
違う世界の人と接するチャンス(新しい知識・考え)を掴んだ

によって①が整えられ、


人に助けを求めるスキル、
意識について学ぶこと、
身体について学ぶこと、
在りたい状態を続けること、
子どもやパートナーの存在、

によって②が整い、


その結果、私は
『親がいなくても生きられる人』になりました。


ここまでで、
もういいのかもしれません。

ここが一番バランスとれる時は、
これでいいと思うのです。

冒頭にも書いた通り、この記事は、
“親がいる世界の参考のひとつ”として
書いています。



ただ、

私の人生(魂)は、
親がいてもいなくても生きられる人
になることを

私に望んだようでした。



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もちろん、
“ただの親子” になったからといって

実家に戻るわけでも、
言いなりに戻るわけでもありません。


「距離を保ちます」
「嫌なことは断ります」 は、
連絡をとる最低条件として
親に宣言していますし、

「条件に反する場合は関わりません」
とも伝えています。



そんな面倒くさいことをしてでも
“ただの親子” を試そうと思ったのは、

毒親 が ただ親 になる世界、
毒親子 が ただの親子 になる世界を
見てみたかったからです


そして、
果たしてそれは、
人にオススメできる世界なのだろうか

うーん、わからない。
よし、自分で実験してみよう

と思いました。

(私ちょっと変ですよね 笑)



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文章がうまくまとまらず恐縮ですが、

まとめの代わりに
「毒親子 ⇒ ただ親子」のポイントを
箇条書きにしてみました。


◇ ただの親子になったのは
  親が変わったからではない

◇ 親子に戻ることが目的だったのではなく、
  単純に親の影響を受けなくなった結果、
  ただの親子になっていた

◇ 親は親の世界を生きていて、
  賛同も共感もしなくていいけど、
  ただ別の世界を生きてんだなって
  ことに気付くだけでよかった

◇ 親子になったからといって
  YESマンに戻る必要はない
  望まないことには 「NO」を言う

◇ 親子になったからといって
  一緒にいる必要もない

◇ 親子でも危険なときは逃げる

◇ 「親がいる世界」と
  「親がいない世界」、
 そのどちらもが “自分で選べる”
 ということを常に意識する


こんな感じかなぁ。。

他にも思いついたら、
後日また追加しますね☺




この秋、
10年ぶりに故郷の土地を
踏みしめます。


大好きだった祖母の仏壇に
やっと手を合わせられる

この事実だけでも、
ただの親子になってよかったのかも、と
今のわたしは感じています。



おばあちゃん
長いこと待たせてごめんよ

もうすぐ行くからね



ありがとうございました🍀

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