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「夜型vol.1」(甲斐)を読む

甲斐さんの短歌+詩のネットプリント「夜型vol.1」を拝読しました。
旅行初日という変なコンビニチャンスで印刷したので、一緒に南の島を旅したあげく、帰省先、その次の京都の歌会句会にまで連れ回しました。キャリーケースのなかはさぞかし暗かったろう……申し訳ない……。

もともと、甲斐さんの旧筆名のときから作品を拝見していて、ひとことで言うと「めっちゃ好き!」なんですけど、今回、ネットプリントを出してくださってほんとうに嬉しかったです。隠れファンです。また隠れられなかった。

短歌連作「一瞬で満たされるためだけに」
短歌15首の連作。タイトルの雰囲気が全体にゆきわたっている感じがした。「満たされる(ない)」「届かない」「不足」といったイメージがどことなく共通している短歌たち。
このあとの詩でもテーマにされていますが、「飢え」の感情がうっすらと背景に滲んでいるような印象を受けました。欲しい、けれど、渇望というよりは、なんとなく満たされないんだ、みたいな空気感に共鳴してしまう。

言葉選びとその使い方、モチーフに対する距離感が絶妙で、すずしい夜を歩いているような読後感が心地よかったです。
せつなさ、かなしさのなかに美しさがあるのですが、宝石のような直接的な光りかたではなくて、ダイヤモンドダスト的な、薄い膜をとおして景に触れていく感覚。

空想の兄になまえとくちばしとつのを与えてたまに触った

「一瞬で満たされるためだけに」/甲斐

どの歌も好きなのですが、特に惹かれた一首。
「くちばし」ときたら鳥かな、と思いきや、「つの」のある鳥でした。
あとから調べると、ツノサケビドリとかヒクイドリとか実在するものが出てきたのですが、この歌のなかではあえてそれらには当てはめたくない。もっと幻想的な、主体だけが空想のなかで知っている姿のもの。
ペガサスやユニコーンとは違ってもっと小さくて、なんなら知覚できるのは自分が与えてしまった「くちばし」「つの」だけで、ふわふわと脳内に浮かんでいるのかも……なんて、想像をふくらませてしまいます。イマジナリーフレンドともすこし異なるイメージ。
実際には兄はいないのだけど、人間としての兄ではなくて、「たまに」触ることができる対象として登場するのがとても面白くて印象的でした。


詩「飢えかた」
ストーリーの背景をいろいろと想像させられました。
「ぼく」は「あなたの眼のなかにある森で何度も産まれなおしている」。それをすぐに忘れてしまう「ぼく」は「あなた」に「葡萄をあげる」。そのたびに「あなた」は「不満そうに目を細めて」いる。

ここからは想像です。
「あなた」のもつ森にはあらゆる果実があったのだけど、葡萄以外は「言葉としてしか残っていない」。だから「ぼく」も「あなた」もいつも飢えていて、葡萄だけがさいごに残っている。「ぼく」と「あなた」は家族というか、根源的なつながりがあるから「飢えかた」が似ている。もう言葉しかないから、その森にあるものたちのことを忘れてはいけない。

とても象徴的なシーンが立ち上がってきて、つかみそうでつかみきれない不思議な色合いでした。
ただ、もっと謎めいているのは、一番最後の終わり方。
「三番線に回送列車が」で現実に引き戻される。「森」と「ぼく」と「あなた」の話にいったん線が引かれて、時間軸が元に戻るような。
もう、「森」とか「あなた」のことを「ぼく」は忘れてしまったのかな、なんて思いました。
幻想的な世界線で終わらないのがとても新鮮でした。


かなり自分の想像も入れ込んで書いてしまっていますが、短歌も詩も、甲斐さんの世界観が展開されていてとても素敵でした。
どちらも、読み手に想像させる空白があり、それ自体が魅力的です。全体的に読みごたえ抜群。
vol.1ということで、vol.2以降も出たら嬉しいな~とこっそり思っております。

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