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黄金のナイフ

 それで、トキダさん。あなたの言う黄金のナイフ? というものはどこで手に入れたのですか?
 機関車公園のベンチに座っていたら、お爺さんが座ったんです。隣というか、こう、ベンチの端と端という感じです。それで、最初ボソボソ喋るもんだから、僕に話しかけているのかどうか分からなかった。
 その老人がナイフを?
 天気の話とか日本がどうとか、そんな話をしました。向こうが一方的に話すだけで、僕は、ぼうっと聞いていました。だから、詳細はよく覚えていないんですが……。
 覚えてる範囲で話してください。ナイフの話を聞かせてください。
 殺したい奴がいるだろうと。
 イナギさんですね。
 イナギ君はね、僕の同級生です。彼は昔から僕のことを……、いや僕自身のことを揶揄からかったことは一度もありません。僕の家族です。家族や、その周り。母親、父親、妹、あと当時飼っていた犬、文鳥。僕が育てたアサガオ、夏休みの読書感想文、買ってもらったばかりの筆箱。……僕の娘。子供同士が、たまたま同じ学校だったんです。
 それでナイフは?
 これをやると。黄金のナイフだと。誰でも簡単に刺すことができると。ただし、それが使えるのは人生で一度だけだと、そのお爺さんは言いました。でも、僕は力も運動神経もないし、気も弱い。おとなしく目立たず、真面目だけが取り柄の人間だ。お爺さんは、さらに言いました。その方がいい。そういう人間ほど、この黄金のナイフを使いこなせると。
 どうやって、イナギさんを刺したんですか?
 近所でしたから。家の前で彼が出てくるのを待っていました。出勤の時間だったんでしょうね。背広を着ていた。僕はね、レインコート。雨が降っていたので。別に、なにも不自然ではなかったはず。挨拶あいさつをして、そうしたら彼が笑ったんです。なに、雨ガッパなんか着てるんだよって。僕も笑って近づいて、こう肩からドンと。レインコートの下にナイフを立てて構えていたので、体重をかけるとスッと彼の体の中に、それは入っていきました。本当に、あのお爺さんの言ったとおりでした。あまりにも簡単だった。赤い水たまりができるまで、彼は刺されたことを理解できませんでした。
 トキダさん、あなたの言う黄金のナイフですが、あれは調べましたが、……いや、調べるまでもなく、ただのナイフでしたよ。
 そうですか。もう、使ってしまいましたからね。誰だって使えるんです。僕も、いつか誰かに教えてあげよう。必要な人は、きっとたくさんいる。ただ、少し残念です。残念というか、後悔。一生に一度しか使えない黄金のナイフを、ああ、あんなつまらない人間に使わなければよかった。そうですね。今は、そう思うんです。

 了

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