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あまのじゃく

 伝わりっこない。
 それはユウの口癖だ。
 彼は、伝えたいことと反対の言動をしてしまう、あまのじゃくだ。
 どうして、そんなことになったのか。
 彼は言う。小さい頃、頭をぶつけるケガをした。まっすぐ繋げなければいけない線を、病院の先生があべこべに繋いでしまった。それは、ほんとのことかわからない。彼は、あまのじゃくだから。
「ユウ」は、彼のニックネームで、アルファベットのU。Uターンのユウ。入り口と出口が逆の方向を向いている。思ったことと言動が逆になってしまう、彼の性格をよく表したニックネームだ。
 ユウには気になる女の子がいた。彼女の名前はアイ。
 アイは、思ったことをなんでも口にしてしまう。「アイ」も、その性格からつけられたニックネームだ。アルファベットのI。入り口と出口がまっすぐ同じ方向を向いている。
 思ったことをなんでも言ってしまうその性格のせいか、彼女は友達が少なかった。
 ユウもなかなか友達ができなかったが、アイとは気が合った。ユウは、まっすぐなアイの性格がうらやましかった。
 アイもユウのことを気に入っていた。
「私はね、ユウ、あなたのことは好きよ」
「僕は、アイ、きみのことは嫌いだね」
 ああ、あまのじゃく。
「じょうとうじゃない。どうせなら、とことん嫌いになってほしいものね。私はね、好きでも嫌いでもないってのが、一番嫌いなの。交流電流って知ってる? プラスとマイナスが周期的にあべこべになる電流を、整流回路やコンデンサの働きで、直流電流に整えて私たちは使ってるわけ。嫌いなら嫌いなほど、それは好きと同じくらいエネルギーをもってるのよ。わかる? どっちつかずってのが一番よくないってことよ」
 ユウは難しいことは、よくわからなかったけど、うれしかった。アイの言うことは、そのとおりで、言葉として出てしまう「嫌い」は、それと同じ強さの「好き」だった。
 だから、ユウは何度もアイに「嫌い」と言った。
 何度も何度も。
 だけど、ユウは苦しかった。アイはそれでいいと言うが、やっぱり「嫌い」という言葉は、向けられた人を傷つける負のエネルギーをもっている。
 アイに「好き」だと伝えられたらどんなにいいだろう。
 どうしたらアイにそれを伝えられるだろうか、とユウは考えた。そして、ユウはついにその方法を思いついた。
 ユウはアイを公園に呼び出した。
 夕焼けが二人を照らす。いいムードだ。
「アイ、きみは、僕のことが好きなんだろ?」
「そうね。好きよ。今のところはね」
 今のところ……。聞き捨てならなかったが、聞き捨てた。
「つ、つまり、こういうことだ」
 ユウはアイに手紙を渡した。
「読むわよ」
 そこには、こう書いてある。
 アイ・ラブ・ユウ
 それは、あまのじゃくなりの、精一杯のラブレター。
 アイは自分の口に手をあてる。どんな表情をしている? ユウは逆光で見えない。
 アイがユウの肩に手を乗せて言った。
「これ、間違ってるわ。私、つまりアイがユウのことを好き、って意味なら、アイ・ラブズ・ユウにしないと」
 伝わりっこない。

 了

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