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蘇生死刑 #3/9

 また、夢をみていた。
 今度は覚えている。半分の男の夢。
 ゆっくり、少しずつ頭がクリアになっていく。頭にかかったもやが晴れるにつれて、脳裏に浮かぶのは、得体の知れない不安ばかりだ。
 ゴゴゴゴ。
 これは、空調の音。
 天井から落ちる、ぼんやりとした光。
 これは、白熱灯。
 空っぽの頭に残っている、なけなしの情報は、今の私の全てで、大事にしなければいけない。
 気味の悪い、標本の男の話を思い出す。なぜか、胸がざわつく。
 それに、半分の男の夢。これは、ただの夢だろうか。
 じっとしていられない。
 知りたい。もっと、情報を。
「あ……、が、ごほっごほっ。だれ……か」誰か。
「ああ、いるとも」
 白衣にマスクの男だ。やはり気配がない。
「ひょほ……んの、おとこは……」
「標本の男かい。Aよ。彼の名前は『アマダキヨト』という」
「あまだ……」
 ドクンと心臓が大きく脈を打つ。
「標本の男、アマダキヨトの話には続きがある。Zという人物が、彼の人生を狂わせた」
「ぜ……と」
「そうだ。続きを話そう」

 さあ、標本の人物が、生きたまま少しずつ切り離されていったというんだから大変だ。
 何らかの事件性があるとして、この人物の身元と標本の作成者の確認が急がれた。
 まず分かったのは、標本に関して提出された献体けんたいの同意書は、偽造されたものだった。
 献体とは、自分の体を、医学や科学の進歩のために提供することだ。献体する際には、本人が同意書に署名して、自分の体をどう使ってほしいか、どの機関に提供するか、ということを明記するのが普通だ。
 では、どのようにして、これらの標本が作られたのか。
 標本のデータは、コンピュータ管理によるトラッキングシステムが導入されていたが、それは工程の一部に限られたものだった。末端のデジタイズ作業は人の手によるマニュアル入力が欠かせない。複数人でのクロスチェックなど規定はあれど、実務上、入力者の裁量に任されていた部分がある。ヒューマンエラーによる献体の取り違いなどは、過去に起こっていたという。そこに付け入る隙があった。
 そうして、架空のデータがラベリングされた標本が出来上がった。
『では、この標本の人物は何者なのか』と、当然そうなるだろう。すぐに捜索隊が組織され、標本の由来を探り始めた。しかし、その捜索は思いのほか、早々に終息に向かうこととなる。
 標本の状態から、作成開始時のおおよその日時を逆算して、その頃に失踪した人物が絞り出された。数名の親族候補の協力のもと、DNAの鑑定が行われた結果、該当する人物が判明した。
 当時隆盛にあった電子掲示板で、自身の自殺願望や自殺予告を繰り返し投稿していた若者がいた。その人物がアマダキヨトだ。
 そして、アマダにコンタクトをとっていた人物も判明している。そう、その人物こそZだ。
 いわゆる自殺系サイトで自殺志願者を募り、甘言かんげんで惑わせて近づいた人物で、発信者情報から身元が特定されていた。
 Zについては、周辺人物や活動についても捜査が行われた。関与が疑われる人々や場所が洗い出され、その中にはZが頻繁に訪れていた場所も含まれている。
 Zは冬の間、山で過ごすための別宅を所有していた。猟銃で鳥や兎を撃ち、罠を仕掛け鹿や猪を捕獲して、その狩った鳥獣類を解体するための拠点となる場所だ。
 そこでは、解体作業台や大小様々な刃物類、獲物を吊り下げるハンガー、業務用の大型冷凍庫などがあり、一見すると狩猟肉の解体処理施設のようなつくりをしていた。
 しかし、地表に露出した換気口が手掛かりとなり、隠された地下室の存在が暴かれると、施設の本当の用途が明らかになった。
 監禁用のおり、解剖台、強制排気装置、ステンレス製のホルマリンそう、防腐処理装置……。そう、この別宅はZが自殺志願者を誘い入れ、標本作成の根城ねじろとしていた施設だったのだ。
 地下室では、人の背丈ほどあるラックに、人体を小分けにした液浸標本が頭から爪先つまさきまで、生前の配置を再現して人型に敷き詰められていた。
 その人型に配置された標本は、まったく趣味の悪いヒトのキメラだ。几帳面に記されたラベルを信用するならば、それは別々の人物の部位を組み合わせて構成されていて、少なく見積もっても五、六人の男女の標本が混交していた。
 また、その地下室には、白骨化した人体の一部もあった。それは、なたや斧で無理矢理切断され、檻の中で鉄の支柱に繋がれていたようだ。この人物は、Zの親族であることが分かっている。
 その地下室に存在する人体の部位に共通する点として、確認できる限り、漏れなく梅毒におかされていた形跡があったことが挙げられる。病原体を直接注入させられたか、あるいは……。

 額にかいた汗が眉でき止められていた。ぬぐいたかったが、腕が拘束されているようで動かない。
 今の話を要約するとつまり、Zという人物が自殺志願者を集めて監禁し、梅毒に感染させ、人体を解体して小分けにして、液浸標本を作って医科大学にばらいているということらしい。胸糞の悪いことに、標本にされた人たちは、生きたまま、それをされている。
 何を聞かされているのだろうか。などと悠長に構えていられるほど愚鈍ぐどんではいられない。
 自由のきかない体と、薄暗い部屋、そしてこの感情のまるで読み取れない白衣の男の話がリンクして、妙な説得力を伴って、私の脳に警鐘けいしょうを鳴らすのだ。
 半分の男の夢を思い出す。
 半分の男とは、まさか……。
 口を開け。声を発しろ。
 固まった顔の筋肉が、バリバリときしめきながら動き出す。
 乾いた唇を開く。
 今できる全てで、足掻あがけ。さもなくば……。

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