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新入社員とキンコンカン健ちゃん

4月。まだスーツを着慣れていない若者たちが街にあふれています。先輩と行動せず、研修中の同世代と出社もランチも共にしている時期です。

先日、新入社員の研修を人事から頼まれたので、制作というものについて少し話す機会がありました。そして都合のあったメンバーとそのまま晩御飯へ。

テレビ業界が上り調子とは言えないなかでこの会社を選んだ新入社員たちは、自分たちの時よりずいぶんしっかりしてるように見えました。熱い気持ちはあるけど冷静で、自分たちがよりしっかりしなければ…と気が引き締まった1日でした。どんな話よりゴシップが一番盛り上がりましたが。

自然と自分の新人時代を思い出しました。

僕が20年前に会社に入って以来、ずっと制作にいます。1年目に配属されたのは『魔法のレストラン』という、今も続くグルメ番組です。

ロケハンの仕方、取材の申し込み方、ロケの作法、スタジオでの動き…テレビ制作の基本を色々な先輩から教えてもらいました。

当時、1人の料理人にフォーカスして、その人生を再現ドラマで描く人気コーナーがありました。お金の制限もあり、メインどころは役者さんがやるのですが、脇役はスタッフが演じることもしばしば。

ある時、ちょっとヤンチャな10代を過ごした料理人の再現VTRを作ることになり、僕が料理人のヤンチャな友達を演じることになりました。

ところがひとつ困ったことが。現場に用意されていた詰襟の制服を着て、カメラにメンチを切る(関東ではガンを飛ばす?)シーンがあったのです。僕の顔は「硬軟」で言うと完全に「軟」で、およそヤンキーの雰囲気がありません。学生時代もほとんどサッカーとウイイレの記憶しかないほどで、ヤンチャとは真反対の人生です。

何度もカメラに向かって自分なりのメンチを切りますが、なかなかOKが出ません。「ミスキャスティングでしょ!」と思ってはいても口には出せず、だんだんムカついてきたところでようやくOKが。

迎えたOA当日。僕はスタッフルームで、スタッフと一緒にOAを観ていました。番組は進み、再現VTRのコーナーへ。いよいよ自分のシーンが近づいてきます。

詰襟姿の僕が現れました。そしてカメラに向かってメンチを切った瞬間です。

スタッフ爆笑。

いやいや、最初から合ってないってわかってたやん。というか、このウラ笑い成立してる?などといっちょ前に思っていた時です。携帯に1通のメールが届きました。送り主は祖母です。そこにはこんなメッセージが書かれていました。

『テレビ観ましたよ。健太郎がスカウトされないか心配です』

当時70歳過ぎの祖母が僕の演技をいじってくるとは思えません。「ありがとう!絶対大丈夫やから!笑」と返信しながら、まぁばあちゃん孝行にはなったかな…と脇役として出演したことを少し感謝したのでした。

1年目の自分を今振り返っても、決してできのいいADではありませんでした。実際、褒められた記憶がほとんどありません。覚えているのは、一度だけです。

番組のスペシャルの収録が大きなホールであり、そこでリハーサルを行った時のことです。僕はトミーズ健さんのダミーをすることになりました。

ダミーリハというのは、なかなかスキルを求められます。台本を一語一句なぞって読めば成立はするものの、盛り上がりません。かと言って1年目の僕にアドリブでトークを広げる能力などなく、下手にボケれば現場の空気をしらけさせてしまいます。

1年目の年末に『オールザッツ漫才』という番組を担当した時、大喜利コーナーで回答者側の芸人さんのダミーをやりました。リハーサルには当時MCだった陣内さんも参加し、お題に沿ってスタッフが答えを出していきます。

僕は手汗が止まりませんでしたが、答えを出さないわけにはいかないので、とにかく思いついたことを出しました。

陣内さんの反応は「・・・はいはい。じゃあ次ある人!」

当たり前です。でも20年経ってもあの時の陣内さんの「・・・はいはい」をはっきり覚えています。

そんなこんなでダミーリハがとても苦痛だったのです。

話は戻って『魔法のレストラン』のダミーリハです。僕はトミーズ健さんという、芸人さんの中でも特殊な方をやることになり、パニックになっていました。

リハーサルが始まります。

MC役のAさんがオープニングの挨拶をして、ゲスト役のスタッフに話を振っていきます。数人を経て僕の番がやってきました。僕はできる限りの大きな声で

「キンコンカン健ちゃ~ん!」

と叫びました。まだ誰もいない客席に僕の張り上げた声が響きます。数人のスタッフから失笑が漏れました。今すぐ帰りたいと思いました。(そもそも「キンコンカン健ちゃん」がわからない人は検索するとかでなんとかしてください)

リハーサルを終えたところでAさんが僕に近づいてきました。怒られる。

そう構えていたらAさんは「キンコンカン健ちゃん、よかったよ!」と言ったのです。いいわけないやん、と内心思いましたがAさんは続けます。「ああいうのは思いっ切りやるのが大事やから!」

そうなんです。どうせ新人にスキルなんてないんだから、とりあえず思い切りやればよかったのです。なんてことはない話です。教訓というには当たり前すぎる話です。

でもあの時の全力の「キンコンカン健ちゃん」を褒めてもらったことが、なんだか今に繋がっている気がするのです。どう考えても1年目で褒められたのが「キンコンカン健ちゃん」だけというのはヤバいですが。

しかし今でも大喜利のダミーリハは苦手です。ちゃんとスベります。なので今はMCサイドの役回りになるようにしれっと調整しているのですが、もういい年なので見逃してください。

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