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【ロック少年・青年小説集】「25歳からのバンドやろうぜ1~初めてのステージに立ってみよう⑮【人生初ステージ5】~」

ユキオはFに引っ張られるようにして客席のいちばん後ろに行った。

ステージに出るメンバーがかたまって座っている。
さっき楽屋で穏やかに話していたWもYも興奮しているのか…殺気だっている雰囲気に変わっている。

たぶんいまのユキオもそんなふうに他人から映っているのかもしれなかったが…。


女子バンドが始まった。
忌野清志郎が替え歌にしたデイドリームビリーバーだった。

Fは大喜び。
Fのいいところだ。

気に入ると簡単に態度をかえて湧き上がる感情と同化できる。

しきりに「い~い」と言いながらユキオを見て同意を求めてくる。
確かにいい。

ボーカルの女子はスリムで知的なタイプ。
演奏ははっきりいって学芸会だったが、ボーカルのおかげで作品に仕上がっていた。

最後の曲はアナーキーインザU.K.。演奏はひどかったが、無理にパンクっぽく歌わないボーカルが画期的でしびれた。

ギターソロはボロボロで最後にギタリストはべそをかいてメンバーにあやまっていた。不思議なカタルシスを感じさせてくれたいいステージだった。


次はFたちのバンド。

初めにWくんがスタンドバイミーを弾き語りした。
下手だったが、自信満々。
いい気持ちになっているのが伝わってくる。

終わったと同時にFたち登場。

ユキオはどうしても他人と自分を比較してしまう性格なので…できたら他人を見ないで自分の殻に閉じこもり楽屋で待機したいところだった。

とはいえ、Wのいうオリジナル曲というのがどうしても気になった。
だから、オリジナル曲を見てからユキオは次の自分たちの出番の準備にかかるつもりだった。

ツイストアンドシャウトから始まった。
ギターは2本あるしベースにドラムにボーカルは声量があり、うまい。

おおともこうへいのフリマネなのかHOUND DOGが実は好きなのかと思った。かっこうはエルビスのようで見栄えがする。

演奏ははっきりいってうまくない。
しかし、なんだかわからないパワーがあって…全員自信満々という共通点があった。

すごい。

なんでこんな拙い技術に自信満々になれるのか?

とはいえ、ユキオはどこかで自分より拙いギターにほっとしてもいた。
そういう性格を自分でもいやだったが、少なくともロックの理解度では負けてないことがわかった。

本来対抗心が異常に強く、負けず嫌いの度を越している性格を…親の教育で必死に隠すという習慣が定着していた。

とはいえ、内心はかわるわけはなく…はっきり表現できないゆえの〈いやらしさ〉が、ユキオにはあった。常々ユキオは「いい人のふり」をして実際は「他人を見下している」ということが徐々に周りにばれて人間関係が壊れるというパターンを持っていた。

Fという男はある意味ユキオの反対の部分をもっていて…はっきり好き嫌いを表現するせいか、口論や喧嘩にはなるが…そのわかりやすさで、他人との嘘の少ない関係性を保つことができていたといえる。

それゆえに、だらしない性格やいい加減さにもかかわらず、
Fは友人知人に恵まれている人間といえた。


しかし…ユキオは本心をいうことが怖かったのだ。
この下手くそのバンドがどれだけ下手なのかを…内心抱いた真実を…決して口には表せなかった。

オリジナル曲が始まった。
曲名は「イカ天に出ようぜ」だった。

ユキオに衝撃が走った。