見出し画像

#47 三益@荻窪

大都市・東京の発展の裏側で、かつての街並みは急速に失われている。
ノスタルジックで心に残る街並み、建築物、飲食店…。
真のレガシーを求めて、今日も裏路地を歩く。
懐かしくて心惹かれる、うるわしの東京アーカイブズ。

荻窪の三益という町中華があって、僕は2015年4月15日に訪問している。

画像1

散歩の途中に見つけたこの店は、そのたたずまいが素敵でずっと行こうとしていたのだが、やっとこの日、訪問することができた。
店は歴史があるようだけれど、暖簾は新しい。

画像2

13時過ぎに入店。先客ひとり。カウンターにテーブル席がある。
カウンターに座る。
ほどなく、先客は会計。常連客らしい。
「この前借りた傘だけど、返そうと思って持ってきたけど、また降りそうだから、借りてくね」
とビニール傘を店主に見せて帰っていく。
店主はけっこうなお年のようだ。
店内は昭和で時間が止まったような感じだった。

画像3

店の雰囲気だけではなく、その価格も昭和で時間が止まったよう。

驚きの価格。ラーメンは350円。
ラーメンを注文。
それにしてもけっこう気になるメニューがあるなぁ。
サッポロラーメンとかね。これ、味噌ラーメンのことかな。

カレーライス、カツ丼なんかも気になる。
カレーライスが500円でカツカレーが600円。
カツの代金は、100円。
野菜炒めライス500円もコスパいいねぇ。
なんて思ってメニューを眺めていると、
ラーメンが提供される。

画像4

スープは見た目ほど濃くはない。
なんだろう、美味しいのだけれど、独特の味わい。
初めて体験する独特な味だ。
と、店主がカウンターを出て、入口まで行き、外を眺めていた。
「雨、降ってきました?」
と聞いてみた。さっき、駅から店までくる間、ポツポツト雨粒が落ちはじめていたからだ。
店主は、「いやいや」と言いながら、
カウンターの中に戻り、
「きょうは降らないよ。これは84年の天気予報さ」
とおっしゃる。
「天気予報じゃ、お昼に雷が鳴ると言ってたけど、それがないから、きょうは降らないね」
とのことだ。84年というのは、年齢のことかと訊けば、そうだという。
「あと半年で特攻にいくっていうときに終戦になったんだよ」
と、予科練生だったと言う。
終戦後、昭和26年にラーメン店の修行を始めたのだそうだ。
昭和43年、今の場所に店を開いたのだとか。
以前、荻窪に住んでいたんだけれど、この店のことは知らなかったと正直に申し上げ、数週間前に見かけて、これはいい店だと、思い、やっときました、みたいなことを言うと、少し嬉しそう。
20年前に奥さんを亡くして以来、ひとりでお店をやっているのだそうだ。
「このラーメン、安くておいしいですね」
とお世辞抜きで言うと、
「うちはほら、麺は自分のところで作ってるから安くできるんだよ」
とおっしゃる。
「あれですね」
店の奥の古い製麺機を指さすと、頷くおやじさん。
「だんなは、いくつ?」
店主は終始僕のことを「だんな」と呼んだ。
「56です」と答えると「若いよ、ウチの息子なんか61だよ」とのこと。
「でもね、おいしいかどうかを決めるのは、お客さんだから。よくテレビなんかでウチのラーメンはおいしいって、店主が言ってるのあるだろ、ありゃダメだよ」
ダメですかぁ。
「テレビもね、くるんだよ。この前も女の人がきてさ、テレビにでてくれっていうんだけど、オレはそういうのいやなんだ」
とキッパリ。
出ればいいじゃないですか、と言うと
「ダメだよ。そりゃ、いっときは客がくるかもしれないけど、ひとりでやってるしね、さばききれないよ」
とのこと。
前に、テレビか雑誌に出て、そういう思いをしたのか聞けば、
「ない、一度もないよ。全部断ってるんだから」
とのこと。
そういえば、なんで三益なんですか、と聞いてみる。
「だんな、いいこと聞いてくれたね。本名がね」と店内に貼ってある調理師免許を指出す。
「信三だから、そこから、お客さんの利益、自分の店の利益、その2つがあって、さらに店が榮えるようにってつけたんだよ」とのこと。
それにしても、こんなところにこんな旨いラーメンが、
こんな安い価格であったなんて、驚きましたよ、
雑誌にでも載っていれば、早く見つけられたのに。
そんなことを言うと、ご主人は
「本当に旨い店なんて、好みがあるんだから、自分の足で探さなくちゃダメなんだよ。だって、あんたもそうやってうちにきたんだろ」
と言う。あ、なるほど、そういうことか。
もったいないので、スープは全部いただいた。泣けてくるおいしさだ。
金を払う。本当に350円だった。
早めにもう一度こなくちゃ行けない店だ。
店を出たら、すっかり晴れていた。そして、その後も雨は降らなかった。
84年の天気予報はあたったね。
それから少しだけ時が流れて、2018年6月30日に三益が閉店したことをネットで知った。
再訪しようと思っていたのだけれど、かなわなかった。

店のあった場所はどうなっているのだろうかと、先日うかがってみたら、たいへんなことになっていた。
なんと、「迂直」というラーメン店が出来ていた。

画像5

店頭の写真を撮影しようと思ったけれど、行列している人が写ってしまう。

ラーメンでも食べて行こうかと店に近づく。店の前には貼り紙があった。近隣の迷惑になるので、ここで行列しないでくれとのこと。店頭は5人ほどの行列だけれど、ここから少し離れた場所に待機場所があるようだ。行ってみると、10人ほどの行列があった。次の予定もあるので、今回はパスした。

老舗町中華のあとには人気ラーメン店が出来たというのは、まさに時代の流れという感じだね。今度、ぜひこちらのラーメンをいただこう。


【プロフィール】
下関マグロ(しものせき・まぐろ)
フリーライター、町中華探検隊副隊長。本名、増田剛己。
山口県生まれ。桃山学院大学卒業後、出版社に就職。編集プロダクション、広告代理店を経てフリーになる。
フェチに詳しい人物として、テレビ東京「ゴッドタン」、J-WAVE「PLATOn」などにゲスト出演。
本名でオールアバウトの散歩ガイドを担当。テレビ朝日「やじうまテレビ」「グッド!モーニング」、テレビ東京「7スタライブ」「なないろ日和!」、日本テレビ「ヒルナンデス!」、文化放送「浜美枝のいつかあなたと」「川中美幸 人・うた・心」など、各種メディアに散歩の達人として登場する。

ツイッター https://twitter.com/maguro_shimo

【著書】
『思考・発想にパソコンを使うな』(幻冬舎)
https://amzn.to/2OT9jAq
『まな板の上のマグロ』(幻冬舎)
https://amzn.to/2noYzNL
『町中華とはなんだ 昭和の味を食べに行こう』(共著、リットーミュージック)
https://amzn.to/2AWqVbV
『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった(共著、ポット出版)』
https://amzn.to/2nohBE2
『みるみるアイデアが生まれる「歩考」の極意』(電子書籍)
https://amzn.to/2nowaXY
『セックスしすぎる女たち』(電子書籍)
https://amzn.to/2nu8OjH
『性衝動をくすぐる12のフェティシズム』(電子書籍)
https://amzn.to/2M8SZxF
『ビジネスに効く15分の法則』
https://amzn.to/2nuazgN
『本音と建前を見抜くちょっとした一言』
https://amzn.to/2nq7caP
その他、著書多数。以下よりご覧ください。
https://amzn.to/2MaYYSQ
https://amzn.to/2nnAsPs

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?