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【ライバル】尊敬と闘志と降参と再燃

「あの人プライド高いよね」なんて言うけど、誰だってある程度のプライドは持って生きてると思う。勉強、習い事、部活、バイト、仕事。生きてればいろんな場面でライバルって現れるじゃない?そこでプライドをぶつけ合うじゃない?

今日は、私が「この人ライバルだ!」と久しぶりに思った人が現れた話をしようと思う。タイトルの「尊敬と闘志と降参と再燃」がキーになるから覚えておいてね。

私に現れたライバルはA君。目標を持って努力ができる人で、しかもその努力を必死に隠してるってわけではないんだけど、とくに表に出したりはせず、気づいたら周りよりも上にいるって感じ。静かに努力ができる人。しかもその努力のレベルも到底私には無理なレベルなのよ。(ああ、こうやってすぐに無理って言っちゃう自分も嫌になっちゃうね。)

TOEICの点数とか、テストの成績とか、お互い留学してるんだけど、留学先でどれだけ自分に厳しく頑張れてるかとか。A君に関してはこういう勉学面だけじゃなくて、どれだけ恋愛がうまくいってるか、どれだけ私生活が充実してるかってところまでライバルに思ってる。憎い。憎すぎる。なんかここまで来たら、ライバルどうこうじゃなくて、彼に対する私の一方的な執着とか固執とか嫉妬な気もしてきちゃうなぁ。

では、A君に出くわした後の私の心境の変化について見ていこう。

まず、彼の成し遂げることが単純にすごいから「尊敬」が生まれる。この尊敬は素直な尊敬。本当に心の底から「すっげー。私には無理だ」と思う。

しばらくすると「闘志」が生まれる。尊敬してたはずなのに、いつの間にかそれが闘志に変わる。負けたくない気持ちが芽生えて、相手に勝つためには自分は何を頑張ればいいか考え始める段階だ。このときの私はエネルギッシュ。なんでもやってやろうと、決心している。とにかくみなぎっている。

しかし、やっぱり勝てないと気付く。「降参」の段階だ。同じものに対して同じような方法で努力をしようとしても、そもそもお互いの置かれた環境が違うんだし、今まで費やしてきた時間も違う、この戦い方は賢くない。彼の方が強いに決まってる。言い換えれば、彼を認めたってこと。いったんここで張り合うのはやめよう。逃げって言われちゃ、そうかもね。

そして、最終段階「再燃」へ。さきほど「降参」した私は、彼とは違う方法で、違う目標に向かって、私だけの努力をしよう、と思うようになる。彼とは違う輝き方をしたい、同じ土俵に立って負けないようにするんじゃなくて、むしろ彼が視野にも入れてないような新しい分野・領域に自ら踏み出して結果を出したい、と思うようになるのだ。そもそもアイツと同じ生き方をしたところで、それは私の人生にプラスになるのか?私には私の人生があるぞ、って考えるんだよね。あながち間違ってはないと思う。

そう、私はいつも「尊敬と闘志と降参と再燃」で乗り越えてきた。再燃してるときの自分は輝いている。降参したときの自分は完璧に病んでいる。

競泳の世界大会で金メダルを目指すなら、そりゃライバルよりも早く泳げるように努力したほうがいいと思うよ。同じ土俵で結果を出さなきゃいけない。でも、私はそんな世界線で生きてないからさ。「逃げ道」がいくらでもある世界で生きてるんだから。目の前のライバルに囚われてばかりで、自分の可能性を狭めることはしたくない。「逃げ道」っていうと聞こえが悪いけど、「自分が輝ける道」を見つけて、そこに向かって努力できる人になりたいなと思うのです。

だからライバルって必要なのかもね。ライバルは、打ち負かすために存在するんじゃない。自分を奮い立たせる原動力なのだ。


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