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出かけてきたよ⑩(神戸③)

旅から、故郷に一旦戻る予定に変更したお蔭で、
Emikoさんに再会できただけでなく、
もうお一人、会いたい方に会うことができた。

限られた里帰り期間に、タイミングよく会えることは、とても嬉しい。
それも普段、お互い遠くに暮らしているから、なおさらだ。

その方は、現在病気の治療中。
ご自身の体調に合わせてもらえるよう、会う場所を希望してもらい、
それに合わせようと思った。

すると、しばらく行っていない場所に行くことになった。
「パンが、美味しいカフェ」
私は、グルテンフリー・乳製品フリーの食生活をしている。
しかし、その日は彼女と一緒に、
神戸っ子がこよなく愛する、そのカフェで楽しむことにした。

その方は、とても健やか。
いつも溌剌として、慈愛に満ちていて。
周りの人、そしてご自分のことも大切にされていた。

もちろん、ご自身の体も大切にされていた。
だから、病であることを知った時、驚くばかりだったそうだ。
「こんなにも、健康的に生きてきた私なのに、なぜ?」と。

一瞬で、周囲からは「病人」として扱われるようになったことへの戸惑い。
病状を細かく聞かれる、辛さ。
「病は、生活習慣病」などという情報から、目をそらしたくなる気持ち。
何をしても、心底安心することができない苦しさ。
「かわいそう」な人扱い。人生全てが闘病ではないのに。
「~したから、病気になったのでは」という無神経な言葉。
「~できるの?」「~していいの?」とたずねられる煩わしさ。
「家族がいるから大丈夫」と一方的に言われて感じる、違和感。

生まれて以来、私達は皆、死に向かっている。
誰もが、それを避けられない。
何をやっていても、然るべき時、病や死と直面する。
それらはいつ、どうやって来るかなど、我々の及ぶことではない。
とはいえ、いざその時を迎えると
頭でも、体でも、その事実を理解しきれないものなのだろう。

私達はお互い、故郷を離れ、遠くに暮らしている。
それぞれの地の医療制度・保険制度についても話す。
母国のそれと、トライアングルにして考察してみた。
それは実に、興味深かった。
同じ地球上と言えど、暮らす人々の文化や考え方、
ライフスタイルなどで制度の内容は違ってくる。

医療制度に関しては、命が係わる場合もある。
どのような薬や治療が認可されているか、受けられるかで
その長短が左右されることもあるだろう。
また、保険制度によっては、死ぬ直前まで働かないと
生きていけない事情を抱える場合もあるのだ。
自分が望むまま働き続ける選択をとれるのかどうかも、その地にもよる。

「hikariさん。これ、よかったらどうぞ。」
ランチを楽しんでいたベーカリーのピザを、その方は分けてくれた。
久しぶりに食べる、ピザ。
母国のそれは、小ぶりで整った形をしている。
「美味しい」やさしい味に、声が出た。その方の厚意も、美味しかった。

食後、その方は明かした。
「私、普段、パンや乳製品は口にしていないのよ。」
「実は私も」と明かす。お互いに目が合い、笑みが漏れる。
そうだったのだ、お互いを気遣った結果、今日は久しぶりに、
故郷の”ベーカリーでランチ”を楽しむことになってしまったのだ。

駅までの道すがら、新しくできた店に立ち寄りながら、
「懐かしの店」の話をする。
お互いが幼い時、家族に連れられて歩いた神戸の街が、瞬時に広がる。

「一年前、神戸を再び歩けるなんて、想像できなかった。到底。」
人間としての深みが更に増した、その方の笑顔。
「なんて、この今は、尊いんでしょう。」

一緒に、各駅停車の電車に乗る。
すると、二人分の席が車両の”海(南側)”に空いていた。
「ねえ、hikariさん。座っちゃいましょう。」
いいのかな、いいよね」といった体で、私も一緒に座った。
今日はラッキーだ。車窓から”山”(北側の六甲山系)を見ながら帰れる。

「当たり前のように、席を譲られる年になると思い込んでいた。
でもそれは、当たり前じゃない。この一年で、それがわかった。」
だから、座れる時は座らせてもらっている。
まだ席を譲ることもできる年齢で、それもできるのは、幸せじゃない?

二人並んで、緑濃き山々を眺める。
車窓からの風景はいつ見ても美しいが、”海”は午前中が美しいと思う。
東から南にかけて光満ちるからだ。
そして”山”は、自宅まで帰る時間帯である夕方が、特に美しいと思う。
西から北にかけて夕日で染まるからだ。
「私、三宮に行くときは、”海”をいつも見ながら出かけるんですよ。」
そしてね、帰る時は”山”を見ながら、と何気なく私が言った。
「ええっ、hikariさん。実は私も。」
またお互い目が合い、笑みが漏れた。

来年の夏。再び、故郷の街巡りをしましょう。
”海”を見ながら三宮に行って。”山”を見ながら、帰りましょう。
「先の約束ができるのって、幸せ。」
その約束を守れることも奇跡だと、その方に教わった一日だった。


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