見出し画像

此の世に遺したい、光⑨(自分を一番知っている人と共に生きる)

先日、私の親族が亡くなった。
「あのね、hikari。癌だったAちゃん、死んだの。」
Aちゃんが、癌を与えられていたことは、知っていた。
近日、お見舞いに行く予定だった。
ところが、彼女が光へ還る必然の時は、その日よりも前だったのだ。
色々な考えがあるから、口には出さないが。
ついにAちゃんは、肉体がある苦しみから解かれたと思う。
そっと、手を合わせる。彼女が再び、心底からの笑顔であることが嬉しい。

暫し、私は黙ったままだったようだ。
電話先の家族は、”Aちゃん”が誰か、私が思い出せてないと思ったのだろう。
ずうっと、まくし立てている。
「ほうら、あなたは遠くにいるからわかんないかもしれないけど、
癌だった子よ。~大学出て。~に住んでて、ご主人は~、子供は~~~」

みんな、知ってはいた。それらは、彼女の一部ではあるから。

そう、その通りなんだ。
Aちゃんは私と同世代だったが、癌を与えられた。
ここ何年かは、自分の生だけでなく、死にも向き合って生きていた。
Aちゃんは、のどかで古風なエリアで生まれた。
医療従事者である私のおじは、自分の跡継ぎとなる”優秀な”婿の
嫁におさまるよう、長女である彼女に言い聞かせて育てた。
Aちゃんにも、考えがあった。
彼女は父親であるおじを尊敬し、その仕事を間近で見て育ってもいたのだ。
「勉強なんて気にするな。可愛げがあればいい、ヨメに行きさえすれば。」
と言う周囲をよそに、Aちゃんはおじと同じ医療従事者となる道を選んだ。
非常に優秀だったAちゃんは、大都会で研修するチャンスを得る。
これが転機となり、生涯のパートナーと出会う。
以来、大都会に家庭を築き、暮らしていた。

私が覚えているAちゃんは、非常に繊細で、聡明な女性だった。
優しく、そして自分にはとても厳しくて。
人生の大半を過ごした大都会を、こよなく愛していた。
私が日本を離れるまで、その大都会に出かけては、
一緒に街巡りをしたものだ。それはそれは、楽しかった。
彼女は、あらゆることに真摯に取り組むひとだった。
一日を濃く、生きていた。

唯々、電話先の家族の話を聞き流していた。
Aちゃんを形容する事実は、どれも間違ってはいない。
でもなんだか、それらは外れているように感じていた。
この気持ちは表現できない。
できたとしてもその聞き手に、正しく理解されないかもしれない。
生じた感情が、私の中に膨らんでいく。
私の中にいる彼女は、簡単に形容しがたい存在だったのだ。
これも事実。

たった今、私が死んだとしたら。
”私”はどのように、語られるのだろう。
「~大学を出て。~に暮らしていて。~の仕事をして、家族は~」
やはりこれらは、間違ってはいないだろうけど。

でも、それ以上に、私はこの星で色々なことを経験してきた。
あらゆるものを見た。光あるものも、闇あるものも。
あらゆることを感じた。喜びも、悲しみも。
あらゆる人に出会った。近くなる人あれば、一瞬の縁の人にも。
あらゆる地に足を運んだ。空を飛び、海を渡り、地を駆けた。

どれだけの人が、そんな”私”を知っているのだろう。
生物学的には近い、この電話先の家族ですら。
こんなことを思っている”私”だって、この家族のことを
どれだけ知っているかなんて、怪しいのだから。おあいこだ。

ふと、”私”を一番よく知っている人は、誰だろうと考えた。
それは、他ならぬ”私”自身だろう。
これ以上、私を知っている存在は、この世にいない。
これまでも、これから先も。

凄いことじゃないかな、この事実。
私達は皆、一番自分を知っている存在と共に生きているのだ。
なんと、有難いことだろう。

一瞬先に、私が死ぬならば。
この感謝を、光を遺したい。
ありがとう

ありがとうございます! あなた様からのお気持ちに、とても嬉しいです。 いただきました厚意は、教育機関、医療機関、動物シェルターなどの 運営資金へ寄付することで、活かしたいと思います。